小学生世界一周日記~ボクたちは今世界一周中!~
2006年4/10~翌07年3/30 家族4人で世界一周、4人総費用500万円。当時たか10歳ひか8歳パパ47歳ママ41歳。米→中南米→アフリカ→中東アジア。左下カテゴリーが訪問国別!自らのガンと子育てから学んだアレコレの3本柱♪


プロフィール

たかひかぱぱまま

Author:たかひかぱぱまま

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●このブログは、家族で世界一周、
2006年4月出発、ぶじ、2007年3月
末、帰国。長男たか10歳(小5)
→11歳、次男ひか8歳(小3)→9歳、
パパ48歳、ママ42歳。子供達は、
学校の理解をいただいて1年お休み、
パパママは、自営の経営コンサル業
を休眠。人生は一度!念願の世界一
周した記録です。帰国後もいろいろ
あります。感謝!グラシアス!
オブリガード!サンキュー!

●お母さん(久米美都子)元祖HP
(1994年に行った女1人世界一周&
子連れバックパッカーの記録等)
または「女ひとりの世界一周」検索
でも一発で出ます。

●世界一周中、世界から日本に送った
ライブ版エッセイ
「家族で世界一周旅便り」
こちら!よろしくです!



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腎臓ガン摘出手術入院日記
腎臓ガン摘出手術入院日記(2007年10月10日~25日まで)

●10月10日 入院
午前:腸のものを出すために下剤入りドリンクのむ。
昼食:普通食
麻酔科の先生による説明、手術担当先生と看護婦からの説明、薬剤師からの使用する点滴の説明。

麻酔により、「グラグラしている歯やさし歯がとれる場合もある」と聞き、ゲロゲロ。
私の前歯は、4年ほど前に、折れていて、(小学校行事のお年寄りとゲートボールもどきをしたとき、次男がふりあげたクラブがもろにあたり、歯がボロボロとくずれた)、手術が終わって、前歯がとれた自分を思い浮かべたらあまりにも・・・・・ヒサン

でも、麻酔の先生は、気をつけますが・・・とれる可能性高いと。
いやだよー、歯がなかったら・・笑えない・・。

夕食は流動食。その後絶食

●10月11日 手術
11時20分、オペ室へ。
予定より早く、ダンナも間に合わず、ひとりで。
麻酔のための背中にチューブを。痛い。
点滴さしこんで、全身麻酔を嗅いで、あっという間に眠る。

「カヤノさん、終わりましたよ」
と起こされて、「え!もう終わったんですか」と答えたまではよかった
が、その後・・・

いいいいたあああああああいいいいい!!!!!!!!

この世のものとは思えない痛み、息ができないよーーーー
地獄だああ・・
しかし、これは生きている証拠・・

痛み止めがきかないよ。

なんとかしてえ!
どうにでもしてくれええ!

もちろん、一睡もできず。
さらに、体を無理やり動かそうとされるのが、苦痛。
両腕についた血圧計がず---っとプコプコ動き、そのしめつけに点滴の針
をさした手の甲が痛い。足にも、マッサージみたいなのがはめられていて、ぎゅーーぎゅーーーー繰り返す。なんでこんなのつけてんの。
ああ、動かさんでえええ

●10月12日 術後1日め
地獄・・・

地獄なのに、病室に移動。(それまでは手術室横のハイ・ケア室にいた)
前歯がある!ことに気づく。ああ、よかったよかった。

点滴している手の甲がめちゃめちゃ腫れていたために、差し替え。
もともと血管が細く出てないのに、食事もしてないから、ますます出ない。
6回?いや7回ぐらい、さしミスされるのがツライ。
痛いよー、どこもかしこも痛い。

2時間ごとに痛み止めを。しかし、痛み止めを打ったからといって、痛みがなくなるわけじゃない。痛いよ、痛いよ。ただそれだけ。

●10月13日 術後2日め
ああ、地獄・・
痛いのと、呼吸ができないのと・・
時間がのろい。

こんなに痛いのに、歩かなくてはならない。腸が動いてガスが出ないことには食事が始められないのだ。食事ができないと、この苦痛な点滴がはずせない。また、寝てばかりだと、内臓も癒着してしまうらしい。

痛み止めが比較的一番よく効いている時間帯の、打って1時間経ったときに、看護婦さんに手伝ってもらって、2人部屋病室の自分のベッドから、部屋のドアまで歩く。それが限界。

なんと重い体なんだろう・・
しかしながら、今日のノルマ達成。

夜、続いていた点滴の血管痛がまた限界に達す。また差し替え。
また6、7回は
さしミス。つらい。

時間がたたない。今何時なのか、今日はあと何時間あるのか、いつまでこの痛みが続くのか・・・・

母や、友人や、ダンナや、子供たちまで、追い出してしまった。
ごめん・・

●10月14日 術後3日め

腸が動き始めた。ガスが出たことを看護婦さんへ報告。
これで点滴から開放される!血管痛から開放される!

点滴、ドレーン(手術でたまる体液を出す管)をはずす。

トイレまで歩く。ああ、今日のノルマも達成。痛み止めの間隔があき始める。

夕食:流動食

手術のあと、担当医は、摘出した腎臓を母にみせたそうだ。
腎臓は、病理検査にまわされ、悪性なのか良性なのかを調べる。
1、2週間かかると。

腎臓にできる腫瘍は、9割が悪性という。ということは1割は良性の
可能性がある。腎臓の場合は、悪性か良性かを判断する生体検査は通常
しない。何故なら、がん細胞を血液中に流す恐れが高いから。転移を誘発するから。

こんなに痛い思いをして、良性であったら、なんのために・・・とは思うけど、良性であってほしい、とやはり思っている。転移再発を恐れる必要はなくなるから。(結果は23日)

●10月15日 術後4日め

痛み止めがいらなくなる。
背中のチューブもはずす。
これですべて外れて、ああ、らくちん。
ずいぶんラクになったと実感できるようになった。

しかし、偏頭痛が始まる。熱も続いている。それに膀胱炎っぽい。

●10月16日 術後5日め
ずいぶん元気になってきた。トイレもひとりでいける。

お見舞いにみんながきてくれる。

頭がさえている!
生まれ変わったカンジ!

が、あまり眠れない。やはり膀胱炎で抗生剤のみ始める。

●10月17日 術後6日め

体は全身筋肉痛?左肩が異常に痛い。普通の”こり”とは違うので、先生に言う。腕は上がるので、先生はおそらく麻酔の副作用だと。
また、背中もいたい。
しかし、気分はとてもよくて、さわやかー!

●10月18日 術後7日め
はじめてパソコンを開く。
たくさんのはげましのメールに涙が出た。
メールをうつまではいかないが、世界一周の写真をスタンバイでスライドショウみたいに入れて見た。いろんな出来事がよみがえる。
いろいろあったけど、本当に行って良かった。

夜、精神安定剤使わずに、初めて眠れた。

●10月19日 術後8日め
抜糸。
ヘソ上の6センチ傷と、右横の穴傷はふさがる。もうひとつの右横の
ドレーン入れていたところのみ、まだで、防水テープ。
シャワーがあびれるようになる。
大きな傷、
それも体のド真ん中。
初めてまじまじと傷を見た。

あいかわらず、微熱が続いているが元気。

5年以上もあってない友人が、ブログを見てくれて、何人もお見舞いにきてくれる。家庭も仕事も育児も忙しい40代。なかなか会えないのに・・・とってもうれしいなあ。

●10月20日
ガンになったら、玄米菜食。
これがもっとも免疫力を高める食事らしい。
入院前に読んだ本にもそれが書かれてあった。

そっか、玄米菜食にすればいいんだ・・。
そんなに難しいことではない。これならやれると思っていた。

告知されて何冊もガン関係の本を読み、なぜ私はガンになったのか、これからどう生きたらいいのか自問自答していた。術後、痛みから開放されてからも、差し入れしてくれたガンや健康の本を読んだ。何度も何度も読んで見た。

しかし、改めて知ったのは、玄米菜食は、多くのガンになった人は知っていることで、実践していることであることを知った。食の大切さを知り、食を見直し、自然食に戻る、また、これまでの自分を見直し、むりな生き方を改める。それでも、再発、転移があることもまた、現実だった。

再発転移を繰り返しても、今に感謝して楽しく生きている人も多く居る。
ガンがなくなった(自然消滅)したという奇跡の体験もある。しかし、
亡くなる人もいる。こうすれば絶対大丈夫、という方法はない。信じて
実行する、それしかない。

●10月21日22日

免疫を高める食生活と、適度な運動して下半身をきたえる(あたためる)こと、もうひとつはやはり、精神面の改善だ。

私の場合、これが一番の要因だと思っている。

今回、ガンに救われたんだな、とつくづく思う。これ以上ムリなガマン
していたら、狂っていたかもしれない。

なるべくしてなった、と思っている。ガンになって、生まれ変わるチャンスをもらったのだと思う。

HPで見たもので、腎臓は東洋医学でいうと、感情面で「恐れを溜め込む臓器」と言われているとあった。ピンポーン!って思った。私は確かにとても大きな恐れに囚われていたと思う。

ここから、スタート。第二の人生は、苦しみを溜め込まないこと、
上手に発散すること、クヨクヨしない、楽観的になる、・・・・
頭ではわかっていたけど、これまではできなかったことを、ぜひ、実践
していこう。できると信じて。

●10月23日
午前9時、担当医がきて、こう言った。
病理検査の結果がでたと。
そして、「悪性、ガンでした」と。

不思議とガックリこなかった。

今日もたくさんのお見舞い、本当にみんなに感謝。

退院に向けての血液検査と、腎機能検査を。

●10月24日

肝機能をあらわす”ガンマーGTP”が、術後から上昇していて、
昨日の時点でも下がらず。要観察。

腎機能は半分になったが、膀胱炎もひどくならずにおさまった。

退院許可!

●10月25日 退院!
先生、看護婦さん!本当にありがとうございました!
両親、家族や友達、みんなみんなありがとう!
子供たち、よくがんばった!たくさんたくさんほめてあげよう!


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無事退院しました
■無事退院しました!■

10月10日入院して、11日に右腎臓摘出手術を受け、2週間後の昨日
(2007年10月25日)無事退院しました。

術後の麻酔がきれてからの3日間は、痛くて痛くて死にそうでしたが、
徐々に耐えられる痛みになり、現在は、おへその上の6センチぐらいのたて傷
も、右わきの2つの傷口もふさがり、ひとつになった腎臓も、がんばって
働いてくれています。

手術に直接関係がないそうですが、肝臓の数値が上昇してしまい、体は
しんどいので、ちょっと動いては休み、休んではちょっと動くような
感じでいます。

生き方や考え方にムリがあった結果なので、人生をみつめなおすよい
機会になると思っています。

ムリはしないで努力する!
そう心に決めました。

体はしんどいですが、頭はとてもスッキリしていて、心も晴れ晴れと
しています。このクリアー!な頭と心で、これからをどう生きていくかを
さらに考えていこうと思います。

ブログやメルマガを見て、たくさんのはげましをいただいて、本当に
うれしかったです。
お返事を少しずつ出して行こうと思っていますが、まだそんなにでき
ないので、すみません、待っていてくださいね。
本当に、ありがとうございました!!取り急ぎ、まずは退院の報告
そしてお礼です。

この充実の?入院ライフや術後の経過など、ノートにメモしています
ので、おちついたら、まとめます。ありがとうございました!

43歳の誕生日、私は”ガン”と出会った
43歳の誕生日、私は”ガン”と出会った
(2007年9月5日告知~2007年10月10日入院)

「ガンです」
医者はめちゃめちゃあっさりそう言った。

目の前にある、CTスキャンの写真を見ながら。

2007年9月5日。5日後は私の43歳のハッピーバースディ。普通なら、いつもなら、誕生日に向けて、運気が高まる?はずの頃(と信じているのに)、今年の私がもらったのは、ガンの告知だった。

病院の先生の説明はたんたんと続いた。聞き漏らしてはいけないと思いながら、でも、先生の声がところどころ遠くなった。涙が1すじ、また1すじ、こぼれた。

(こんなにアッサリ言うんだね・・
そっか、さっき、診察の前の問診記入用紙で、”本人に告知する”を
丸で囲んだもんね・・・)

説明はこう。
早期の腎臓ガン。
これから転移がないかどうかなど、いろんなことを調べなくてはならない。
腎臓は2つあるので、転移がなく、残す腎臓の1つの機能が問題なければ、ガンがある腎臓は摘出するのが、手術的にも、術後の経過にもよい。

この日は、私が12年来、月1でやってる「旅の茶話会」という
旅好き人間の飲み会の日だった。

ガン告知、数時間後、多少グラグラの神経で、でも、みんなに冷静に?
ガンの話をして、しばらく「旅の茶話会」はお休みさせてもらうことにした。


●9月8日・9日(土・日)
子供たちが入っているサッカークラブの合宿の日。

先月8月5日、6年生の長男が、ひどい感染性腸炎になり、11日間も入院したので、体力が回復しておらず、心配なんで、合宿に同伴させてもらうようになっていた。

もともとやせている長男は、入院・絶食で、さらにやせ、退院後も、
「しんどい」と寝てばかりだった。

大体、かかりつけの内科から、救急車で
搬送されたときには、食べ物による細菌性腸炎だから、2、3日も入院すればよくなる、と言われていたのだ。しかし、3日経っても、1週間経っても、なかなか直らなかった。炎症をしめすCRPは22とかを示し、(普通はゼロ。5でもかなり痛いのらしい)、白血球も普通の3倍も。

実は長男はこれに似た、これよりは軽かったが、世界一周中のジンバブエで、急性腸炎になっていた。また、この腸炎を繰り返す難病(10代で発症するのが多い)クローン病とかいうのがあり、また、このクローン病の知り合いがいて、かなり、心配だった。クローン病はストレスからなるらしく・・・・。

4年生から、1年とんで、いきなり6年生という最高学年になったことで、多少プライドが高い長男が、自分にムリをしたのではないか、と思ったり・・・
世界一周という貴重な経験はしたかもしれないが、普通の小学5年生が経験するなかで育つはずの日本の常識?みたいな点が育ってなくて、それなのに、遅れを取り戻せ!がんばれ!ちゃんと!とばかり言っていて、すごいストレスをつくってしまったのではないか・・・・・とか。

で、心配しまくっていたのだ。

でも、新学期とともに通常生活に戻り、サッカーを長時間やれる体力は戻ってないと思っていたが、合宿メニューをどうにかこなすことができ、ほんとうによかったー。ほっとした。

そう、ガンになったのが私でよかったのだ。長男でなくて本当によかった、子供が病気になるぐらいなら、私が全部ひきうけてやる!


●9月10日
ガン告知、転移があるかないか分からない中、43歳の誕生日を迎えた。
今日は骨と胃の転移を調べる日。実は、少し、不安だった。

胃はしょっちゅう痛くなっていて、胃薬は手放せなかったし、
最近では、あちこちの関節が痛いのが気になっていた。

だいたい、ここ4年あまり、体調は悪くなる一方だった。体はいつもだるく、頭は重く、アレルギー性鼻炎は年々ひどくなる・・・。頭痛も肩こりも内臓の冷えも、最近では腰や背中の痛みもひどかった。

かといって、自分がガンだとはまったく思っていなかった。

ウツ病再発か、自律神経失調症、更年期、どっちにしろ、自分自身が、私の心が作り出す不調だろう、と。

しかし、ガンだったのだ。

骨シンチという検査と、胃カメラをやった。
転移なし。
きっとこれが神様がくれた、43回目の誕生日プレゼント。

●9月14日
大腸の検査。
朝から病院へ行き、2リットルの下剤水をのみ、10回以上、便がきれーな水溶になるまで、人工下痢。めっちゃしんどい。

そして、肛門から、カメラをいれる。
ふと、名前を呼ばれて見ると、長男入院時にお世話になった金医師がいた。
「金先生、おかげで長男元気になっています。今度は私がガンが
見つかっちゃって・・」
「ダイヘンでしたねー。びっくりしましたよ・・。」

検査が始まり、同時に空気をいれるので、腸がパンパンに、
とび出そうになりながら、イタイというか、苦しい検査を終える。
検査後1時間、空気がある程度出るまでが、検査中より苦しい。
大腸も転移なし。ポリープもなし。

あとは、腎臓の検査。腎シンチ、24時間尿検査、血液や肺レントゲン。
同時に、ダンナ同席のもとの手術の説明を25日にすることに。

また、入院・手術の予定を決める。


●9月15日
実家に電話。ガンのこと話そうと。
まだ親に話していなかったのだ。心配をかけたくなかったから。

しかし、転移はないことがわかり、手術日のメドがたち、電話をかけた。
父親が出た。

「ガンだけど、心配ないから、腎臓は2つあるから、ひとつとればいいんだって」と言う私の話を父は、だまってきいた。

子供がガンになるということは、おそらく、とてもつらいことと思う。

私も、長男が入院したときは、自分がなればいいのにと思い続けたし、
私のガンが分かったときも、ガンが子供たちでなくて本当によかったと
思った。

いつまでたっても、自分の親さえ、安心させてあげられない。
親不孝ものだ。

●9月16日
気分は時々不安定になる。自分のこと、家族のこと。

私が入院している間の、子供たちはどうなるのだろう。

こういうとき、やはりお金があったら、と頭をよぎった。

たくさんお金があったら、ヘルパーさんやお手伝いさんをやとうことが
できる。

少しお金があったら、毎日の食事だけでも、手配することができる。

しかし、残念ながら、我が家には、そんなお金がない。

実は、ガン保険にも入っていないので、手術入院にかかる費用がおそろ
しいぐらいだ。

帰国後、そろそろ、ガン保険、入ろうと思っていたのになあ。


●9月18日
子供たちの学校の担任の先生に、連絡ノートに、ガンのこと、入院や手術の予定、入院中の子供たちの生活のこと、よろしくお願いしますと記す。

私がいない間、子供たちにどういう変化があるだろうか。
食事も、生活も、目に見えるものは、みだれるだろう。
また、目に見えない、心の問題もある。子供たちはどう変わるだろう。

我が家は本当にまとまり?がない。団結心もない。みんなわがままで、自己チュウ。
1年間世界一周で、協力しあいまとまりたい、助け合えるようになりたい・・・そう思い続けていたけれど、そうはなれなかった。

今までも、我が家の子供たちは、ときどき、問題を引き起こしている。
とんでもないコトをやらかす。
私は、問題を起こす子供たちの保護者として、いつもあやまってばかりだ。
しつけがなっていない、グザリくる言葉だ。

そう、突拍子もないことをするのだ。想定外のことを。
もちろん、理由なくあばれるとか、友達をなぐったりするわけではなく、なにがしの理由があることはあるのだが・・。

だから、とても、子供たちを心配している。

子供たちは、「お母さん、ぼくたち、がんばる!」と言ってくれている。きっと、がんばってくれると思う。きっと、だいじょうぶ。

自分に降りかかるすべての事には、何か理由があっておきている。
乗り越えられない壁はない。
あきらめてはいけない。


●9月19日
母と電話で話す。
心配性の母は、父から話を聞いて、ショックで寝込んでいるのかと思っていたが、母もおちついていた。

母は、もう10年以上、リュウマチをわずらっている。
痛みを伴うリュウマチと共に生きてゆくことは、並大抵ではない。

だから、母は、してあげたいけど、何もできないと言った。

大丈夫。私は母に言った。せっかくのいい機会だから、家族でなんとかする。
子供たちは、この機会にいろんな家のことをできるようになり、
ダンナはすこしでも子供たちとかかわり、家のこともするようになって
ほしいから。世界一周でも団結できなかったぐらいだから、たった2、3週間の入院でどうこう変わることはないかもしれないけど、これを、いいチャンスにしたいから。

母は最後に、「あなたの心は大丈夫?」と聞いた。
私は、「ぜんぜん大丈夫よ」と見栄をはった。

●9月20日
今日は、すばらしい女性に、次々、3人に逢う。
本気で心配してくれる人がいることが、本当にありがたいと思う。

3人とも、病気の心配というより、私の長年続いている苦しみを
知っているからこそ、今回のガン発病に、驚き、心配してくれていた。

腎臓のガンは、なんでなるんだろうか・・。

私には、ムリなガマンをするクセがある。
争いがきらいで、穏便にすませようとするから、つじつまあわせに、自分がガマンしてしまう。
ガマンにガマンを続けて、言いたいことが言えなくて、苦しいのに苦しいと言えなくて、つらいのに悲しいのに、笑っている自分がいて、元気なふりをする自分がいて、つかれてしまっていた。

傷つくことが怖くて、傷つけられると思うと怖くて、恐怖にとらわれて、心をとらわれて、すべてをあきらめてしまっている。
こんなんじゃダメだと分かっているのに・・そんな自分を変えられない。

だから、ガンと聞いた瞬間はガーンときたが、だんだん、それもいいか、と思えるようになっていた。
だから、こんなに落ち着いていられるのかもしれない。

3人目に逢った友人は、ずっとこういった。
「がんばらなくてもいいよ。もう、がんばらんでいいからね。」と泣いてくれた。
その言葉は、とても温かく心にしみた。

●9月21日

本当は、だれにも会いたくない。笑顔なんて作りたくない。そう思いながら、今日も笑顔を作っている。疲れた・・・


●9月22日
朝起きたときから、調子が悪い。

●9月23日
昨日よりさらに調子が悪い。背中、右腰が痛くてたまらない。頭痛も続いている。右肩も、右手も、右の足の裏・・・関節も、痛い。
ガンが進行しているのではないか、どこかに転移したのではないか、などと思う。

●9月24日
腰が痛くて眠れなかった。どうしたのだろう。

しかし、自覚症状が出るほど進行はしていない、のらしい。
念のためにマッサージはしないほうがいいと先生に言われているので、もう、全身がこってこってそのせいだろうか・・仕方ない。

あすの腎臓検査のための、24時間尿取りをはじめる。

●9月25日
血液、24時間尿、レントゲン、心電図、肺機能検査、腎臓シンチ、とたくさんの検査。

腎シンチというのは、左右の腎臓がちゃんと機能しているかを調べる検査。

放射線を含んだ注射をして、ずっと寝てて、腎臓がろ過機能調べ。

腎臓のモニターを見ながら、腎臓がいとおしくなってきた。

かわいそうな腎臓。

あとすこしで、切り取られて捨てられてしまう腎臓・・・

生まれて43年も働いてくれた腎臓・・・

機能的にはなんの問題もない優秀な腎臓・・・

と思うとまた涙がこぼれた。

午後、4時、先生と手術の詳しい説明。「ご主人も呼んでください」と言われていたので、ダンナと待ち合わせて、診察室へ。

先生は、今日は、とにかく、ことこまかに説明を始めた。

まず、ガンのこと。
先生は今日は「ガンの疑いがある」、と最初に述べた。
ダンナがいるせいであろう、先生はとても慎重に話しているように思えた。私には、最初から、ガンです!と言ったけど。

それは、私が説明を受けたように、腎臓にできる腫瘍は90%は悪性であること、良性である可能性が10%あること、腎臓腫瘍は悪性が良性であるかを判断するのはむずかしい。

腫瘍に針をつきさして細胞を調べる方法があるが、針をつきさすことでガン細胞はひろがり、リンパ節にも広げてしまう。また、腫瘍のみを切除する方法は、腫瘍ができている場所が、やっかいな場所のため、血管や尿管などまわりを傷つけないためにも、この場所では、全部摘出するのがいいと思われる。

また、部分切除より、全部摘出の方が、手術的にも、術後の回復もリスクがすくないこと。

しかしながら、10%良性の可能性があるのは否めない。摘出して細胞をしらべないとそれはわからない。良性であれば、腎臓はムダになるということだ。その可能性があるということ知った上で、摘出するかどうかをきめるのは本人であることも。

経過を見る、という方法もある。腎臓のガンは進行は早くないので、大きくなるようであればとる、という選択。しかし、経過を見ても、大きくなるとかならないとかでは、悪性か良性かの判断はできないことにはかわらない。90%悪性だと思われるものを、経過を見るのはリスクも大きくなる。

そして、初めて聞くのが、手術の具体的な内容。麻酔、手術の方法、どうやって腎臓をとるのか、手術の一番大変なところ、4時間にわたる手術、もしも・・・のときに必要になる輸血の準備、傷口のこと、術後の状態など。

あまりに詳しく説明してくれて、かなり時間も経過してて、気づいたら、横にいるダンナはヒマそうに本を読んでいた。

輸血じゃなくて、自分の血をとっておきたいと申し出たことで、話がちょっと脱線したとき、ダンナは輸血でいいじゃんか!とめんどくさそうに言い切った。

通常なら、輸血が必要な手術ではないそうだ。先生は50件以上手術してきたが一度も輸血することにはいたらなかった。あくまでも念のためのこと。しかし、念のためであれ、他人の血をもらうなら、自分の血をとっておけばいいのではと思ったのだ。また、輸血を使うことはリスクがある。エイズもなんとか肝炎も、100%安全とは言い切れない。

結局、自己血ではなく、輸血にすることにした。

ダンナは、途中で、仕事あるから、と帰って行った。

●9月26日
もともと胃かすい臓らへんが痛い、ということで内科を受診した。
そこで、すい臓を調べるのに、血液検査でひっかかったのが、CA19-9という腫瘍マーカー。
少し数値が高く、気になる存在だった。

腫瘍マーカーという名前のとおり、腫瘍を調べるものらしいが、腎臓は関係ないらしく、ますます、その正体が気になっていたのだ。

で、念のために、婦人科も受診。

子宮ガン検診は2年前にした。もしや、と思っていたが異常なし。

考えてみれば、時々めちゃめちゃ痛む胃も、何度も腸炎になって、のたうちまわったこともある大腸も、今日の検査の子宮も、・・・どれも、先生いわく、「きれいですよー」と言われてしまった。

若いときは、あんなに飲みまくったが、肝臓だって、問題ない。

腎臓だって、機能的には、左右とも「優秀!」と先生から言われた。

なのに、ガンはできた。

そして、体のあちこちが、痛いし、だるい。しかし、痛い胃は、きれいらしい。私の体はもともと丈夫にできてはいるのだとは思う。でも、体は悲鳴をあげている。いや・・・体ではなくて、心が悲鳴をあげているのだろう。

婦人科の女性の先生が、腎臓ガンの手術をひかえていることを気遣って、
「手術、がんばってくださいね」と。
その言葉が、ものすごくありがたかった。

●9月27日

こんなページを見つけた。

(腎は生命力の源です。

「気(生命力の源)」を貯蔵する場所なのです。

中国医学で

「五臓の傷は窮まりて必ず腎に及ぶ。」とあります。

つまり、肝臓でも、心臓でも病むと、その影響は必ず、最終的に腎に及ぶということです。

これは裏を返せば「それだけ重要な臓器ですよ。」と解釈出来るでしょう。)


●9月28日

腎臓というのは、冷えを嫌う、冷えに弱い臓器らしいことをしる。

実は、次男を生んだあとから、内臓の冷えがかなりひどくなっていた。

冷えは、免疫力を低下させ、いろんな病気を生むそうだ。

●9月30日
どうしてガンになるのかと、免疫革命
という本を買った。

そして、響いたこの言葉

ガンになったということは、それまでの人生の破綻。
ガンをとっても、人生を生き方を変えない限りはまたガンに冒される。

人生の破綻・・・
生き方を変える・・・

きっと、このガンは、生き方を変えるチャンスなんだ。
バカな私は、ガンならないと、生き方を変えることができなかったわけだ。
でも、もう、きっと、私は変わる。変えてみせる。
私は生き方を変えることができる。
ガンは、私に新しい、自分らしい人生を送るために、神様からのプレゼント。ガンに感謝する日はきっと来る。




●10月1日
知り合いが私を大自然に連れ出してくれた。感謝!

●10月2日
奇跡が起きた。

1年に1回ぐらいしか会えない学生時代の友人4人組が、
それぞれに小さな子供を抱えて、仕事もしているにもかかわらず、
昨日の夜という急な声かけで、平日の真昼間、会えたのだ。

みんな心配してくれて、・・・本当に、友達というものは、なんでこんなにあったかいのだろう。

みんなで、すばらしい50代を送れるよう、今、努力しよう!と話した。

すばらしい50代・・

50代になれば、子供たちも大きくなり、私たちはきっと、もっとゆっくりたのしく会えるね!

ああ、元気で生きていたい!と素直にそう思えた。

●10月3日
パソコンがおかしくなり、修理に出す。
午後から、病院。
手術前の腎臓のCTをもう一度とる。
約1か月経つが、ガンは進行はしていない。

●10月4日
また、右腕にじんましんが出る。最近、ときどき出てる。

●10月4日5日
長男、長崎に修学旅行。
友達たくさん作って、大切にして、たくさん思い出つくるんだよ。

●10月5日
午後3時ごろ、急に背中が苦しくなる。呼吸するのが苦しい。

背中が痛いのか、心臓がいたいのか、苦しくてわけがわからくなってくる。

あっためたり、30分、いろいろやったが、まったくよくならない。

横にもなれない、座ることもできない。

できる唯一の姿勢は、背中を丸くして、腕を机について、立っていること。

救急車か・・

と思ったけど、苦しすぎて、言葉が出ない。
しゃべるより、動くほうがマシだったので、タクシーつかまえて病院へ。

腎臓のガンにはまったく関係ないといわれ、総合科へいく。

過呼吸と脱水症状になっていたそうだ。

口に紙袋をかぶせられて、1すって、5吐いて、を繰り返したら、
うそのようによくなった。

それにしても、心臓までおかしくなった?とびくついたので、
よかった。それにしても、くるしかった。

●10月7日
また、急に背中がくるしくなって、過呼吸になる。
口に袋をかぶって、呼吸して、なんとか・・・。

●10月8日
いよいよ、入院の日、あさってになった。
友人が手術の日につきそおうか?と。
3、4時間かかるらしいから、つきそわなくてもいいよ、と言ったけど、やはり、そんな思いやりがうれしい。

みんなやさしい。
いろんな人の、思いやりが身にしみる。

●10月9日
別の友人がまたつきそおうか、と。
いいよ。入院したら検査がいくつかあるし、手術は3、4時間もかかるらしいし、
待ってても大変だからと、ありがとうと断った。
友人が、「アンタは、なんでもひとりでがんばろうとするからね。でもこういう時はたよっていいんだよ」と。
本当に、うれしいよ。ありがとう。

●10月10日
入院。

それでは、生まれ変わってきます!
じゃあ、また。






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