小学生世界一周日記~ボクたちは今世界一周中!~
2006年4/10~翌07年3/30 家族4人で世界一周、4人総費用500万円。当時たか10歳ひか8歳パパ47歳ママ41歳。米→中南米→アフリカ→中東アジア。左下カテゴリーが訪問国別!自らのガンと子育てから学んだアレコレの3本柱♪


プロフィール

たかひかぱぱまま

Author:たかひかぱぱまま

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●このブログは、家族で世界一周、
2006年4月出発、ぶじ、2007年3月
末、帰国。長男たか10歳(小5)
→11歳、次男ひか8歳(小3)→9歳、
パパ48歳、ママ42歳。子供達は、
学校の理解をいただいて1年お休み、
パパママは、自営の経営コンサル業
を休眠。人生は一度!念願の世界一
周した記録です。帰国後もいろいろ
あります。感謝!グラシアス!
オブリガード!サンキュー!

●お母さん(久米美都子)元祖HP
(1994年に行った女1人世界一周&
子連れバックパッカーの記録等)
または「女ひとりの世界一周」検索
でも一発で出ます。

●世界一周中、世界から日本に送った
ライブ版エッセイ
「家族で世界一周旅便り」
こちら!よろしくです!



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やっほー!ブラジルで毎日サッカーしてるよ!
ただ今ブラジル・サンパウロ(たかひか日記ブラジル編2006年9月29日アップロード)

「念願のブラジルでサッカーしてるよ!!!」
ひかサッカー3

ひかサッカー2

ひかサッカー

たかシュート


9月28日 サンパウロ ブラジル

今日は、文化協会の図書館に行って、日本の本を読みました。
僕が読んだ本は、
「ドラゴンボール・ジャンプ・名探偵コナン・ドラエモン・遊戯王」
などを読みました。
日本からはなれて、五ヶ月のあいどマンガを読んでないので、とても楽しかったです。

そして、3時になったので、サッカークラブに行きました。
今日は、僕より年上の人や同じぐらいの人達がいました。
1番最初の試合は、ちょっとおなかが痛くてあまり動けなかったけど、
2試合目は、調子がよくなって、いろいろおしい所もありました。
3試合目は、PK(ピーケー)になって、僕がけることになりました。
1番最初の日もPK(ピーケー)で得点入れれたので大丈夫だと思って、
思いっきりけったら、入っちゃいました。


9月27日 サンパウロ ブラジル

今日は夜ご飯の材料や必要な物は買って、サッカークラブに行きました。
今日もいつものように準備運動をして、試合をしました。
今日は上のコートでやりました。光とは別々になりました。

2回目の試合が終わった後、僕のチームの人が
「君どこの国??」
と、聞かれたので、
「JAPAN(日本)」
と、言ったら、
「中村しゅんすけがいるね!!!」
と、いわれました。
そして、3回目の試合で、僕のチームの人がけったボールをけって
僕がボールにあててゴールにいれました。
そしたら、みんなが
「おおおおおお中村ウマイ!!!」
と、僕のことをゆわれました。
そして、4回目の試合で、僕のチームの人がコーナーの所で、けったボールを
僕がダイレクトシュートできめました。
やっぱり得点入れたら、
「おおおおおお中村ウマイ!!!」
と、いわれました。
そして、今日の練習は終わりました。今日は一番楽しかったです。


9月26日 サンパウロ ブラジル

今日は、朝勉強して、文化協会に行って、日本の本を見て、
サッカークラブに行きました。
昨日のように最初は準備運動をして、試合をします。
今日は4チームに別れて、試合をします。
今日は相手チームが強かったので、同点でした。
僕はおしい所もあったけどなかなか得点をいれられませんでした。


9月25日 サンパウロ ブラジル

今日も朝学校の勉強をして、サッカーが出来るサッカークラブを探しに
行きました。

今日は紹介された日本カントリークラブというところに行ってみました。
そこの人はあまり日本語を話せなくて、ぼくたちがここにきたわけを
説明するのが大変でした。

やっと、ここは子供のサッカークラブはあるけれど、会員にならないとダメだという
ことが分かりました。会員になるには、年間で1500レアル(75000円)
必要だそうです。なので、あきらめました。

これで、ツテはなくなったねー、とお母さんが言いました。
ぼくはサッカーできるかどうか不安になってきました。
でもお母さんは絶対みつけるけんね!と言いました。

ブラジルはサッカーの国なのに、何で、子供向けのサッカークラブがないのだろ
うとぼくは思いました。今までは、ちょっとした空き地があると、道路とかでも
子供達がサッカーしていましたが、ブラジルは今までの国と違って、そこらへんでは
していません。
大人のクラブはよくあるのに、子供のはなんでないんだろう。

最後の情報は、「ペンションアラキ」に泊まっていた名古屋の女の人(大学生)
がこっちの大学の先生に聞いてくれたところ、地下鉄のベルゲイロと駅の
どこかにサッカークラブがあるという情報。

もうこれしか情報はありません。
お母さんは「雲をつかむよーな情報やけど、行って探してみるしかないねー。
頑張ろう!」と行って、探しに行きました。
駅の近くのレストランやメガネやさんで聞きました。
すると、「あっちにあるよ」と。
でも、言葉が全然わからないので(ここはポルトガル語)その「あっち」がよく
わかりません。で、あっちを探したけどありませんでした。

また、戻って、他の人に聞いたりして、やっと、見つけました。
初めは、へいに「テニス」と書いてあって、しばらくあるくと、「フットボール」
と、ポルトガル語で書いてありました。
そこに行って、聞いてみると、
「子供もいいですよ」
と、言ったので今日は1日体験に参加することができました。

時間になると、たくさん、小学生や中学生ぐらいの子供がたくさんやってきました。
最初は準備運動をして、2つのグループに別れて、2つのグループのうち1つはの
グループは上で試合をやります。
僕のチームは1回も負けませんでした。
そして、フリーキックで僕がけることになりました。
きんちょうしていたけど、思いっきりけったらゴールになりなした。
とても楽しかったです。
ぼくたちはクラブに入ることを決めました。

9月23、24日 サンパウロ ブラジル
ぼくたちは毎日サッカークラブを探しました。
ここは日本人がたくさん住んでいるので、いろんな日本人にお世話になって、
あちこちに紹介してもらい、話を聞きにいったりしました。

でも、ぼくたちのような、小さい子供のサッカークラブはありませんでした。
ぼくはとてもがっかりしました。

大人の(高校生ぐらいから)サッカークラブはたくさんあるそうです。

学校を訪ねてみようかとも考えたけど、こっちの学校は子供が多いので、3部制で、
(朝から昼まで)(昼から夕方まで)(夜)のクラスと分かれて、それぞれの時間
たいにそれぞれの子供達が勉強するのだそうです。だがら、放課後というのがなく、
運動場が自由につかえません。だから、学校はクラブ活動とかないそうです。

ぼくはサッカーがとてもしたいです。

<ママ加筆:日本でも出発前いろいろ調べましたが、小学生の(日本でいう普通の)
サッカークラブはありませんでした。なので、現地に行って探すしかない!という
思いできましたが、やはり、なかなかなかったですね。でもいろんな方にあえて
面白いです。結局、言葉が通じる日系人社会からではなく、とびこみ!でサッカー
クラブを見つけ入れてもらい、まあ、言葉が通じなくても、すんなり仲間に入れて
もらっています。サッカーの国だから、誰でもどこでもサッカーしてる!ってワケ
じゃないというか、日本とはサッカー事情が違うというか、国が違えば、サッカー
も違いますよね。苦労しましたが、ほんと、見つかってよかったです。たかゆきが
ひとつの話がダメになる度に、がっくりしていたので、ほんと、見つかるまでは
私は眉間にシワがよってました、ははは。それに、長旅ですが、ブラジルは物価が
高いし、ビザの関係で、のんびりしてられないこともあって。とにかく、よかった
よかった!)



9月22日 サンパウロ ブラジル

今日は朝10時すぎにブラジルのサンパウロにつきました。
バスターミナルはとてもキレイででっかくて・・・とても驚きました。
今までとぜんぜん違います。日本のようでした。

それからすぐに、地下鉄乗り場に行って、日本人がブラジルに来たとき、
日本人がすんでいた町、リベルタージという所に行きます。

地下鉄は、大人2、1レアル(110円)しました。子供はタダでした。
今まで旅した国の中ではたぶん一番高いです。ブラジルは物価が高いと
よく聞いてました。

リベル玄関鳥居

<地下鉄を降りたらビックリ!鳥居が・・日本語が・・うおおお!日本に帰ってきたみたい!ワンダフォー!>



そして、リベルタージについてホテル探しの始まりです。
でもなかなか一ヶ月とまれて台所が使える所はありません。物価が高いので
ご飯は自分達で作って節約するからです。

結局、ガイドブックにもかいてあるホテル
「ペンションアラキ」と言うホテルに行きました。
ここは旅で会った人が「とてもきたないよ」と言っていたので、やめようと
思っていましたが、台所が使えるところは他にないからです。

でも、入ってみると中はなかなかきれいでした。古いけどちゃんとそうじが
してあって、それに、日系人の荒木のおばちゃんはとても感じがよく、
ここに泊まることにしました。

「きたない」とか「きれい」とか、「いい」とか「悪い」とかは、人それぞれで
行ってみたいとわかんないんだね・・と思いました。
ペンション荒木は、ほんと、いいホテルだと思います。


日本にもなさそうな?カタカナ表記のマクドナルト
リベルのマック

病院だって日本語だよ。
リベル病院


ペンション荒木の本棚!古くてぼろいけど、まさに宝の山!
むさぼり?つくよーに読む子供達!
荒木のほんだな


毎週日曜にある東洋市では、回転焼きもうってるよ。おいしかったあ。
回転焼きあるよ


リベルタージのメインの通りの橋は大阪橋。その近くにあるのは三重県橋。リベル三重県橋


たまたまちょうど、年に1回の国際フェステバルがありました!
これは、ブラジルに移住してきたいろんな国の人たちが、自分の国の
踊りなどを披露するフェステバル!

ほんとうにたくさんの国の人がやってきてることに驚きました。
そして、それぞれの国の人たちが、自国の文化や踊りを大切にうけついでいることに、とても感動しました!

日本もすばらしかったです。沖縄のたいこの踊りでした。プロ顔負けにウマイです。地球儀で見れば日本とは本当に遠い反対側。若い人たちは
日本を知らない、日本に行ったこともない人も多いと聞きます。なのに
立派な日本人!日本にいる私達よりしっかり日本人なのかもしれません。
日本の踊りを見ながら・・・なぜか涙が出てきました。ほんとうに、すごかったです。感動しました。

リベル日本たいこ

これはシリア。アラブ系人の腰の動きは見事です。
リベルシリア

ボリビアがこんなにハデ?な文化とは行ったのにしりませんでした!
ミニスカート、フリフリダンス!
リベルボリビア

インドはちょっとおとなしめだったけど、インドのダンス大好きです!
リベルインド

やっぱアフリカ!やはりDNAが違うんでしょう!ものすごいです。
リベルアフリカ


やきとりもあるよ!
やきとり


やきそばはみんなの人気!
やきそば2

yakisoba


たか、サーモンににぎりでニッコニコ
たかサーモン


タカと光、こうやって寝てるときは仲良し?
たかひかる寝


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世界一でっかき滝だよ!イグアスの滝
たかひか日記パラグアイ編(2006年9月29日ダウンロード)


9月21日 パラグアイ ブラジル

今日はパラグアイ→ブラジルに行くためにバスに乗ります。
18時間かかります。
パラグアイを出るとき、もめて・・・罰金を払わなくてはならなくなりました。
(詳しくはお母さんが書いてます)
バスに乗って外の景色を見たりしていました。
今日は1日中バスにいました。


9月20日 パラグアイ

今日は朝からインターネットを探して、ショッピングセンターなどに行きました。
明日は、サッカーの国「ブラジルのサンパウロ」に行きます。



9月19日 イグアスの滝 パラグアイ アルゼンチン

今日はイグアスの滝、アルゼンチン側を見ます。
滝までに行くのに10分間ぐらいかかりました。
アルゼンチン側は、「悪魔ののどぶえ」が見えました。
悪魔ののどぶえ


滝(悪魔ののどぶえ)を見るためにたくさんの人がきていました。
滝はとても大きくて、水しぶきがたくさんきます。
ほかの人達も水しぶきにあって「わーー」と、言っていました。
はくりょくがありました。
ブラジル側もよかったけど、こっちは滝にとても近くて、
すごいです。


9月18日 イグアスの滝 パラグアイ ブラジル

今日は「世界3だいばくふ」の1つ、イグアスの滝をみに行きました。
イグアスの滝は溶岩の動きによって出来た滝です。
イグアスの滝は、世界一滝の横はばが大きい滝で5㎞ぐらいです。
下から見ると「ざーーーーーーー」と、すごい音で聞こえます。
はくりょくはとても満点です。
滝の上は静かで魚もいっぱい、いました。

イグアスの滝はブラジル側とアルゼンチン側にあって僕達が今日見たのはブラジル側
です。
イグブラジル

イグアル3人


アルゼンチン側は「悪魔ののどぶえ」と、言う滝がすぐ近くで、それも上から見下ろす
ことができるそうです。

ここは、ジャングルの中に滝があるので、ここに住むアナグマがちょろちょろして
います。とってもかわいいです。けっこう近づいてきます。
光がおかしを食べていたので、アナグマはにおいがわかって、光のあとをずっと
ついていきました。その様子がとても面白かったです。
たかちょう

きれいなちょうもたくさんいるよ。ぼくの鼻にとまってくれたよ!

パラグアイ 首都アスンシオンの市場だよ。でかくてすごい人だったよ。でも市場はグアテマラが一番キョウレツだったと思う。
アスン市場

ぼくとお兄ちゃんはアスンシオンでまた丸坊主にしてもらったよ。400円ぐらい。エクアドルでは90円ぐらいだったから、ちょっと高かったなあ。
アスン光髪きり

アスンシオンのバスターミナルにいたお母さんとたくさんの子供達。何をしてるのかなあ。
アスンバス母子

ぼく(光)とパパと2人で行ったスラム。(街とは別世界だよ)パパ一緒にカラテをしたよ。
アスンスラム



感動のウユニ!おまけ
ウユニ塩湖!あんまり感動したんで、感想文まで書いてきたよ。
感想文はウユニの駅前にあるウユニツアーに貼ってあるよ!


ウユニ感想たか


一番しんどかった5100mまでのトレッキング!
5100mの絶景

でも、頑張ったかいがあったよ。
5100mのぼったよ



ああ、、ばっきん
ああ。。罰金とられてしまいました。
めっちゃショックです。
それもなんと、4人で240米ドル!
私たちの何日分の生活費でしょうか・・・・・・かなしい、くやしい

ところは、パラグアイのシウダーデルエステ。ブラジル・アルゼンチン
との国境の町で、イグアスの滝観光の拠点。

イグアスの滝はブラジル側、アルゼンチン側とあるので、どこを拠点
にするか、どんな風に回るかはそれぞれなんですが、私たちが選んだのは、一番物価が安いパラグアイ側にとまって、1日はブラジル側、その次の日はアルゼンチン側を観光。そして、サンパウロに向かう国際
バスに乗るという計画。

このサンパウロ行きのバスですが、国境を渡ってブラジル側からのる
のとでは、パラグアイ側から乗るほうが、なんと20米ドルほど
安いのです。なので、このシウダーデルエステを拠点にしました。

で、3国の国境ですが、イグアスの滝観光のための日帰りであれば、
出入国の手続きは不要となっていて(ガイドブックに書いてあって)。

で、ブラジル側はなにも問題なし。(イミグレーションを通らずに
滝へいける)

そして、アルゼンチン側。
ないと聞いていたイミグレでおろされ、通常のイミグレ処理が
行われたのです。

これは・・・?とちょっとひっかかったけど、まあ、気にせず。

で、パラグアイを出国の日。サンパウロまでの国際バスは
イミグレに一時停車。そこで、問題発覚。
パラグアイの出国がないのに、アルゼンチン側の入出国
スタンプがあることで。

というわけで、罰金、ひとり60ドル。

せっかく、すばらしい節約ひたと思っていたのに、ぜんぶ、ぱあ
です。かなしいー。

サンパウロに入ったら、マッサージできるう!と楽しみに
していましたが、罰金を挽回すべく、やめます。とほほ
入国



ひっさびさに観光♪イグアスの滝
2006年9月20日(水)パラグアイ、シウダ・デル・エステより

いやーなかなかネットできませんでした。
私達は、自前のパソコンを持って、ネットやさんで、ケーブルをかりて
接続させてもらうのですが・・・

ペルーまではその方法で全く問題なかったのですが、ボリビアの
首都ラパスではできた(IPアドレス設定の方法で)、それ以来、なんか
できません。

それと、自前のPCもってウロウロするのがためらわれることもあり、
今日は久々のネットです。

現在地は、パラグアイ。ブラジル・アルゼンチンとの国境の町、シウダ・デル・エステという町に来ています。
ここは、わかりませんが、免税の町なんだそうで、日本製のパソコンや
カメラがいっぱい売ってあります。ブラジルからアルゼンチンからも
この町に買いにくるほど、安いのだそうです。

我が家は、ここで、デジタルカメラをゲット!しました。206ドル。
これでようやく動画が音声までとれます!

というわけで、イグアスの滝を見に行ってきました。おとといブラジル
側、きのうがアルゼンチン側。
さて、軍配は?
パパ、タカ、私はアルゼンチン側!なんといっても滝に近づけるだけ
迫力が違いました!

しかし、ひとり光は、「ブラジル側がよかった!」と。
その理由は、ブラジル側のときは、天気がよく、虹がでていたことと、
アナグマがいて、光はアナグマが自分をおいかけてくれたことが、
たのしかったそうです!





地球の反対側でカラオケうたったよ
たかひか日記(9月20日ダウンロード)

日本より日本らしい(礼儀とかいろいろ・・)
日本に行ったことないのに日本らしい
パポネス・コロニー(45年前日本人が移住した町)で
ぼくは日本のカラオケうたったよ!


9月18日 イグアスの滝 パラグアイ ブラジル

今日は「世界3だいばくふ」の1つイグアスの滝をみに行きました。
イグアスの滝は溶岩の動きによって出来た滝です。
イグアスの滝は、世界一滝の横はばが大きい滝で5㎞ぐらいです。
下から見ると「ざーーーーーーー」と、すごい音で聞こえます。
はくりょくはとても満点です。
滝の上は静かで魚もいっぱい、いました。
イグアスの滝はブラジル側とアルゼンチン側にあって僕達が今日見たのはブラジル側です。
アルゼンチン側は「悪魔ののどぶえ」と、言う滝あります。
「悪魔ののどぶえ」の意味は、分からないけどブラジル側で見たら水どうしがぶつかっ
て、大きな滝みたいに見えます。
「悪魔ののどぶえ」を見てる、人はたくさんいました。
明日は、アルゼンチン側に行って「悪魔ののどぶえ」を見に行きます。


9月13日~17日  イグアス・ハポン・コロニー パラグアイ

イグアス・ハポン・コロニーとは、昔、日本がまずしいときに、パラグアイにきて
住んでいる人達がたくさんいるところです。
たかイグ看板


ここイグアスは、45年前から何家族ずつか来て、今では日本人が900人も住んでいます。
45年前はどこもジャングルでピューマやバク、毒へびなどがいたそうです。
そのジャングルをみんなでいっしょうけんめいに切り開いてすべて畑にしたそうです。
畑にするまでにとても大変で、きつかったそうです。
その畑に大豆やトウモロコシなどが植えられています。

この話をしてくれた「しのとう」さんがトウモロコシのしゅうかくにつれていって
くれました。
トウモロコシをとるとってもでっかい機械にのせてもらいました。その機械には、
でっかい3mぐらいの歯がついたスコップで、ガッガッガーととうもろこしを
かりとっていきました。こわかったけど、面白かったです。
ぼくのあと、光が、パパが、お母さんがかりとりました。
ひかるトラクター

家族全員、生まれて初めて巨大トラクターでとうもろこしをかりました!

そして、トウモロコシの色は黄金でした。土は赤い土です。この赤土はとても
栄養があるそうです。
また、畑にはたくさん虫がいてそいつが僕達の血をすいます。
その虫が血をすってとてもかゆいです。

この町で、いろいろな日本料理を食べたり、サッカーをしたりしました。
今まで、日本料理はねだんが高いので食べられませんでした。
でもここでは日本料理をたべられたのでとてもうれしかったです。
みそ汁や納豆、冷や奴!最高においしかったです。

その後「しのとう」さんが「カラオケ」につれていってくれました。
地球の反対で歌っているのがすごいと思います。日本語の歌がたくさん
ありました。イギリス人の人もいました。この人はここが気にいって、
住んでいるそうです。修理やさんをしているといっていました。

ここは、日本人だけではなく、イギリス人やドイツ人や、そしてもちろん
パラグアイ人やとなりのブラジル人など、たくさんの国の人がいます。
それも、ふしぎです。

ここの人たちはみんな挨拶をしてくれるからすごいです。

そして、みんな優しいです。

お世話になった福岡旅館
宮崎出身の福岡さんち
さすが日本人!ピッカピカにきれいな宿です。
福岡旅館



福岡旅館は和食の朝ご飯付き。納豆。みそしる、おつけもの、日本のごはん、焼き魚、目玉焼き・・・めっちゃ感激!あめあられ!
ひかる納豆





9月11日(月)アスンシオン パラグアイ

今日は、まずバスに乗って、スーパーマーケットに行きました。
そこで、カメラを見たり、しました。
こっちのスーパーは、ほとんど靴屋か洋服屋があくさんあります。
スーパーのマクドナルドでアイスクリームを食べました。
マクドナルドの遊ぶ所で遊びました。
そして、昼ご飯は、日本人やっている、ラーメンやの
「スーチャンラーメン」と、言う所で食べます。
スーチャンラーメンがある所に行ってもなかなかありません。
そして、こっちの人に聞いたら、
「ありません」と、言われました。
そして、あきらめました。
本当にこの国はとても暑い(35℃ぐらいかな)です。
それなのでとてもきつかったです。
そして、バスを見つけて、街のセントロ(中心)に行きました。
そして、ホテルに帰りました。

9月10日(日)アスンシオン パラグアイ

今日は日曜日なので、街のお店がほとんどしまっていました。
ビックリしました。
ほかの南米の国も、日曜日はたくさん店が閉まっていますが、それでも少しは開いて
いるので、ここは本当にぜんぶ店がしまってしまってびっくりしました。

レストランもないので、昼ご飯も夜ご飯も、大変でした。
昼は、道で売っているハンバーガーを買って、食べました。
そして、夜ご飯はなかなかあいていないけどゆいいつあいてた店で食べました。
そして、ホテルに帰りました。

9月8日(金)アルゼンチン→パラグアイ

朝、アルゼンチンとパラグアイの国境につきました。
でもバスから降ろされたところは、国境ではなく、田舎の町でした。
そこから、タクシーで5分ぐらいの所にイミグレイションがありました。
ここでは、さっさと、パスポートにハンコをおしてもらうことができて、ほっと
しました。

で、バスに乗ろうとしたら・・・・
すんごいバスでした。
はっきりいってオンボロでほこりまみれでした。
窓は汚れて全く外が見えないほどです。
そんなバスに乗って、首都アスンシオンへ行きます。
1時間ぐらいでアスンシオンのバスターミナルへつき、そこでまた、街の中心
のセントロにいくためのバスにのりました。

そしてホテルを探しに1時間ぐらいかかりました。
この街はなかなかホテルがありませんでした。あっても、ぼくたちが泊まりたい
安宿はなく、高級のばかりで、お母さんは、高すぎる、別を探そう!と
何度もいいました。
ぼくはそのたびに、もうきつくてきつくて、たおれそうでした。

なぜなら、ここは、とっても暑いからです。
ペルーやボリビアと水たまりが凍るぐらいとっても寒かったのに、ここは、
真夏で、ガンガン暑いのです。

5つめぐらいで、やっとちょうどよいホテルを見つけました。

ここのホテルがレストランもやっているので、昼ご飯は、ここで食べました。
コーラもガンガンひえていて最高でした。(今まで、寒いから冷蔵庫がなかった)
とってもおいしかったです。


9月7日(木)アルゼンチン

今日はフフイを出発して、サルタというさらに大きな街へ行き、パラグアイとの
国境の町へいき、首都アスンシオンへ向かいます。

バスはフフイからサルタまで2時間、サルタを夕方出発して、あしたの朝、国境
です。

一人90ペソ、四人で360ペソ(14400円)もかかりました。
バス代が急に高くなりました。
このバスは夜ご飯も出る高級バスです。

アルゼンチンに入って、バス代もごはん代もボリビアの2倍以上になりました。
でも、その分、バスはきれいで、バスターミナルもきれいで、トイレもキレイで
しかもタダ(今まではずっときたないのにお金がかかった)。




あんまりだあ!史上最低国境
ぶつぶつ・・たかひかまま(2006年9月6日のこと)

「ひどすぎる!!至上最悪の国境 アルゼンチン、ラ・キアカ」

 これまでたくさんの国境を越えてきた。12年前の世界一周のときも
その前後も、今回も。しかし、これほど腹立たしい、あきれ、怒りが
爆発した国境はなかった・・。それは、ボリビアからアルゼンチンに
入る国境、ラ・キアカの国境。

 私達は、ボリビア側のビジャソンに夜行列車で到着した。駅から
歩いて15分。ボリビア側のイミグラシオンで出国スタンプを難なく
もらい、アルゼンチン側のイミグラシオンの列に並んだ。
 この時点で朝7時40分。列は見れるところから推察して、約50
人。結構並んでいた。が、それからも、どんどん並ぶ人は増えていった。

 この国境、ボリビアからコカの葉っぱの流出をふせぐために、結構
きびしい荷物検査があるという。コカは標高が高いボリビアやペルーでは
普通に売られていて、お茶としてよく飲まれている。しかし、アルゼンチン
では禁止。)

 だから、1時間待っても2時間待ってもほんの少ししか進まないのだと
思っていた。荷物をみんなバラして検査しているのだろうと。それにしても
あまりに遅いとは思ったが。

 3時間が経過。あと10人ぐらいになって、なぜかピタリと列はすすまな
くなった。

 4時間経過。あと6人。窓口はもう目の前。しかしここからが本当の
最低最悪だった。

 窓口はたったのひとつ。こんなにたくさんの人が国境を越えるというのに、
たったひとつ。また、荷物検査なんてしてない!じゃあなんでこんなに時間
かかってんの!と思えば・・・なんと窓口の中(マジックミラのようになっ
ていて、中は見えず、むこうからは見える、何してるかわからないように、
いちいち、窓口をバタンと閉めてしまう。そして何分か後に、ドアが開き
パスポートが返される。

 のちにわかったことだが、なんと、係員は、受け取ったパスポートを見て
入国カードを、まあ、ゆっくり、誰か人と談笑しなら、コーヒーのみながら、
書いていた!のだ。こんなもん、それぞれ、旅行者に書かせればいいのに、
あきれてものがいえない。

 で、そんな調子で4時間もすぎているわけ。

 なのに、さらに、今ついた大型バス(国境を越える)の乗客全員を先にする
とゆううううううのだ!
 これには、もちろん、並んでいた外人(たぶんアメリカ人)と、アンフェアだ!
と抗議したが、係りの女は「ボスが言うから」と一言。50人以上はいる乗客
が先になり、私達はせまいところにたたされたまま、座ることもできず、ただ
待たされた。

 そして、私達が入国スタンプをもらえたのは約6時間後。朝列車で着いて、
朝ご飯も昼ご飯も食べずに立ちんぼの6時間。もう、腹がたってしょうがない。

 アンフェアなのが一番許せないが、荷物を持ったまま、座ることもできずに、
いるのに、制服着たイミグラシオンの係員が、ちゃんとまっすぐ並べとか、
柵に座っていたら降りろ、とか、ぎゅうぎゅうつめで通れないところを、通って、
どけ!とかいったり、待っているのに、ゆうゆうとコーヒー飲んでいたり、
食事をとりにいくその無神経さが本当にあきれてものがいえなかった。

 立ちっぱなしで、足が痛いから荷物の上に座り込んでいたダンナに、後ろから
どけ!と言い、ダンナは音楽をイヤホンで聴いていたから、聞こえず、すぐに
どかなかった、ダンナの型をうしろからむんずとつかんで立たせどかせた係員
とは、ほんとうにケンカになりそうだった。(ダンナはこうゆうのにすぐキレる
・・ところ考えずに)(まあ、なんとかこの場はなだめた)

 本当に、これが南米の先進国?アルゼンチンだとは今でも信じられない。

 こういうこともある、それが、外国なんだと、やはり今さら思い知った。

 最後に、あの、国境を通過し、入国審査を自分達で並ばず、係員が全部代行
し、私達をたちんぼで待たせたあの団体はなんだったのだろうか?

 見たところによると、全部ボリビア人であったように思う。国境を越えるバス
だというのに、ひとりの外国人も乗っていなかった。だいたい、ここの国境は
歩いて越えると書いてあり、国境を越えるバス存在そのものがあることも知ら
なかった。バスはボリビアでは全く見かけないめちゃくちゃいいバスだった。
でも、乗客はボリビア人。あれは、出稼ぎブローカーのバスでないか、と
ふと思った。通常であれば、おそらくボリビア人はアルゼンチンには、それ相応
の理由がなければ滞在許可がおりないのではなかろうか。(経済的格差があるた
め)あのバスは特別で、入国許可されることを前提な特別なバスではなかったの
だろうか?ブローカーがいて、入国許可込みの金額を上乗せしたバスを運行して
いるのではなかろうか・・。

 だれか・・本当のことを知っていたら教えて欲しい。

 最後の話は私の想像だけど、そうでも考えないと、腹立たしさが収まらない。
なぜ、どうして?おしえてくれええ。



・・・と怒りまくって書いたが、今9月17日現在思えば、おもろい貴重な経験
したなあ・・・と思っています。
最悪な出来事も、過去になれば、いい思い出?になるもん?でしょうか。
一応、現地の人に聞くと、やはりワイロだと言われましたが、まあ、そうかも
しれんし、確かなことはわかりません。ただ、国境は、こういうこともある!
ということです。


雪じゃないよ!これはナント塩なんだよ!
たかひか日記(ネットなかなかできずに、久々のダウンロード)

「ボリビアのウユニ塩湖はすごかったよお!」
イスラデペスカド

やっほー!ウユニ塩湖に浮かぶ?島だよ。

タカ塩

なめたら、塩からかったよ!

ウユニ塩採掘場

雪じゃないよ。これは塩!
めっちゃくちゃまぶしいんだよ。目があかないくらいだよ。




9月5日(火)ウユニから夜行列車で国境へ
今日はここウユニ(ボリビア)から夜行列車にのって、アルゼンチンとの国境
ビジャソンというところへ行きます。

列車が出る夜10時まで、ウユニ塩湖のツアーに参加した旅行会社で、ゲーム
とかをさせてもらいました。ここの人は本当に親切で、おかしとかくれました。
ウユニはとっても寒いので、ストーブがあるここはとてもあったかいです。

夜10時すぎ、列車にのり、すぐねました。


9月4日(月) ウユニ塩湖 ボリビア

今日は朝7時にホテルを出て、5100㍍の火山に登ります。
そこには、ウユニ塩湖が見渡せて、雪がかかった火山がみえるそうです。
5100mというとすごく高いけど、今いるウユニは4000mあるので、
1000mとちょっと登ります。

登り始めて最初はよかったけど、だんだんきつくなって、途中で僕は
高山病になってとてもきつかったです。パパがあめをもっていたので、
それをなめながら、そしていっしょに登ったスペイン人の男の人が
「深呼吸をするといいよ」とおしえてくれ、がんばりました。

2時間後やっと5100mの火山のミラドール(景色のいいところ)に
つきました。
そして、下までおりて靴をみたら、右の靴の先がパカっとあいて、
ぼろぼろになっていました。
その後、ホテルに帰って、お昼ご飯。きゅうけいして、荷物をトラックに
のせて出発しました。

ぜんぶ塩で出来たホテルを見に行きました。
そのホテルは全部塩で出来ているのでとてもスゴイと思いました。
部屋のベッドも机も、ぜーんぶ塩です。
そのホテルのそばに、あなをほっている場所がありました。
見ると、20センチぐらい塩があって、その下は、ほんとうに湖でした。
ほんとうに不思議です。
その後、ウユニの町に帰ってきました。ぼくたちはほこりまみれでした。



9月3日(日) ウユニ→ウユニ塩湖 ボリビア

今日はウユニの町→世界最大の塩湖ウユニ塩湖に行きます。
ツアーに参加しないといけないところで、ツアーに参加しました。
ぼくたちの他には、フランス人のお姉ちゃんと、スペイン人のお兄さんです。

車で1時間の所に行くと、もうそこは塩だらけ。真っ白で目があけられないぐらい
まぶしかったです。
サングラスを買ってよかったと思いました。
そのウユニの塩をとって少しなめてみると、とてもスッパカッタです。

車に乗っているときは、一面銀世界で、雪のようでしたが、降りてみると、雪
じゃなくて塩でした。ぼくたちは塩のかたまりで遊びました。そして、
そのかたまりも持って帰りました。

その後また車で1時間の所に行きました。
そこは、たくさんサボテンが生えてる、塩湖にある島です。
島だけど、浮かんでるわけではなくて、塩の上にあります。
サボテンがたくさんはえていましたが、サボテンはどこでも生きていけて
すごいなあ、と思いました。

その島にのぼって、塩湖を見渡しました。いい景色でした。
そのあと、塩ていぶるでご飯を食べました。
ウユニツアーランチ

ここでお昼ご飯食べたよ。
なんと、ここまでコンロとか運んで、料理人のお兄さんがつくってくれて、出来立てを食べるんだ!うまい!

ごはんは、一緒にのってきた現地のおにいさんが作ってくれました。
光リャマ食べる

うまそう!うまい!
ところで、これ何の肉?
リャマだよ!
ひえーーー
あのかわいいリャマ!
食べてしもた・・

その、ご飯はなんと「「リャマ」」のステーキでした。
「「リャマ」と聞いて、あまりのおいしさに驚きました。
たぶん、今までに食べたお肉の中で一番おいしかったです。
リャマはとても高い山だけに住む動物です。
その後、僕達がとまるホテルに行って、部屋に荷物をおろして湖にいる
「フラミンゴ」を見に行きました。
フラミンゴ達は自然で人間がきたことが分かって、すぐにげてしまいます。
でも、僕はフラミンゴが飛ぶしゅんかんをカメラでとりました。
その後、美味しい夜ご飯を食べました。

夜は、7時から9時ぐらいまで、電気がつきましたが、そのあとは、電気も
ありません。水もつめたくて凍ってしまいました。

ほんとうにすごいところです。
塩ホ入り口

ホテルも全部塩でできてるんだ!
塩ホテル部屋

けっこう、中もキレイ。

ツアー仲間

一緒にツアーを楽しんだフランス人のお姉さんと、スペイン人のお兄さん。お姉さんは看護婦さんで、お兄さんは、ブタを2000頭も飼っているんだって!


8月29日(火)ラパス ボリビア

今日は朝学校の勉強して、ミサンガのロウがついた糸を探しに行きました。
この前場所を教えてもらったけどきつくて探せませんでした。
だから今日はちゃんと教えてもらって探そうと、思いました。
この前聞いたおねちゃん達の所に行って、ロウがついた糸の所を地図で教えてもらいま
した。
教えてもらった所まで行ってみて探してみると、糸屋があったので
「この糸はありますか??」
と、聞きました。
そしたらここのおねえちゃんが
「その糸はあるよ!!」
と、教えてくれました。
それをさっそく買ってホテルで作りました。
その後おなかがすいたので光とお母さんが食べ物を買いに行って10分後
空からあられがふってきました。



8月25日(金)コパカバーナ→ラパス ボリビア

今日はコパカバーナからボリビアの首都ラパスに行くためにバスに
乗りました。
バスに乗って10分ぐらいいった山の中で、急にバスが停まりました。
よくみると、何台もバスが停まっていました。
なんにもないところで、何で?と思ったら、道路に石がたくさん落ち
ていました。

最初はがけくずれかと思って見にいったら、そうではなくて、
石を積んでいたトラックと別のトラックがぶつかったのか、積んでいた
石がおちたようでした。

とにかく道路にはそのけっこう大きな石がたくさんころがって、
通れません。速く石をかたずければいいのに、トラックの近くで、こっちの
原住民のような人たちが、大勢集まって、話し会いをしています。

とにかく、バスが通れるようにどかしてくれたらいいのに、全くそうしません。
だから、僕とパパと、たくさんの外国人が石を外にどかしていたら、
こっちの人が「やめろ!!!・やめろ!!!」
と、言って手をつないで人間のたてを作って、石がころがっている前に
ならんでしまいました。

石を運ぶトラックは今までもよく見かけました。トラックに山盛りにしていて、
ビニールとかで落ちないようにとかしていないので、落ちそうだとおもって
いました。

ぼくたちにはただの大きな石ころですが、こっちの人には大切な何かをつくる
道具で、ぶつかったトラックどうしが、おまえが悪い、いや、あんたがぶつかった
んだ!とか言い合って、全然解決しないようでした。

バスの運転手さんなどは、ポリス(警察)がくるから、1時間待って、と言いましたが
1時間待っても2時間待っても3時間まっても、全然解決しませんでした。

ほんとうに、あきれました。
警察もきてるようには見えませんでした。
それどころか、現地の人たちが、通せんぼしたのには驚きました。

ぼくたち外国人を乗せたラパス行きバスは5台ぐらいあったけど、その半分は
バスをあきらめて、山を歩いて、行ってしまいました。
山を歩いていっても、その先もずっと山で、どうするのだろう?と思いましたが、
たくさんの外国人は(みんな若い人)行ってしまいました。

ぼくたちも歩こうとお母さんに言いましたが、荷物が重いし、標高が高く空気が
うすいのに、山をのぼるのはむり、と言いました。

解決したのは、4時間後でした。
石は、バスが通る分だけどかされました。
残っていたのは、ぼくたちを含めて15人ほど。みんなでやったー!
と喜びました。
でも、今日のことはぼくには理解できないです。日本ならこんなこと
すぐに解決するのになあ・・と思いました。

遅れたので、ラパスについたのは夜9時、まっくらでした。
タクシーにのり、人から聞いていたサンタクルスという日本人が集まる宿に
いったけど、あまりにきたなかったので、やめて、ホテルを探しました。
ホテルはなかなかみつかりませんでした。
ここのホテルの人々は、みんな、一部屋いくらではなく、一人50ボリビアーノ
とか言って、ぼくたち子供もお金をとろうとしました。
普通は、ぼくたち2人で大人ひとり分にしてくれます。
だから、いやな感じでした。
夜なので、歩いて探すのは、ちょっとこわかったです。
でも、ラパスは夜でもたくさん店がでていて、人通りもすごく多かったです。
やっと、1部屋70ボリビアーノ(1050円)にしてくれるところがありました。
やっと、ねることができました。今日はいろいろつかれる日でした。







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