小学生世界一周日記~ボクたちは今世界一周中!~
2006年4/10~翌07年3/30 家族4人で世界一周、4人総費用500万円。当時たか10歳ひか8歳パパ47歳ママ41歳。米→中南米→アフリカ→中東アジア。左下カテゴリーが訪問国別!自らのガンと子育てから学んだアレコレの3本柱♪


プロフィール

たかひかぱぱまま

Author:たかひかぱぱまま

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●このブログは、家族で世界一周、
2006年4月出発、ぶじ、2007年3月
末、帰国。長男たか10歳(小5)
→11歳、次男ひか8歳(小3)→9歳、
パパ48歳、ママ42歳。子供達は、
学校の理解をいただいて1年お休み、
パパママは、自営の経営コンサル業
を休眠。人生は一度!念願の世界一
周した記録です。帰国後もいろいろ
あります。感謝!グラシアス!
オブリガード!サンキュー!

●お母さん(久米美都子)元祖HP
(1994年に行った女1人世界一周&
子連れバックパッカーの記録等)
または「女ひとりの世界一周」検索
でも一発で出ます。

●世界一周中、世界から日本に送った
ライブ版エッセイ
「家族で世界一周旅便り」
こちら!よろしくです!



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ぼくらはカンボジアでいろいろ考えた!?

2月23日 カンボジア プノンペン 市内ツアー

今日は、街を見るツアーに入りました。ツアー代は大人が6ドルで、子供はタダです。
とっても安くてびっくりするほどです。
アジアはツアーが安くていいと思います。

人数は、7人で、僕と光・お母さん・パパ・メキシコ人(2人)ブラジルと日本人が
結婚して生まれた日系人の7人でした。
日系のお兄ちゃんは、少し日本語が話せました。

最初の所は、ポル・ポトが殺した人達のがいこつの頭があるところへ
行きました。ガイコツがたくさん、塔の中に納められていました。
ぼくは本物のガイコツをこんなに近くで見たのは初めてです。
あまりにたくさんなので、それも驚きました。

ここでこんなにたくさんの人が、罪もないのに殺されたと聞きました。
ポルポトはなんてやつだったんだろうと思います。
なんでこんなことをしたのか、ゆるせないと思いました。

アキーラのお父さんお母さんもこんなところで殺されたんです。
カンボジアはそんなに大きくない国なのに、このような人々が殺された
原っぱが40何カ所もあるそうです。
子供もたくさん殺されたそうです。
子供は、殺す必要がないのにと思いましたが、ポルポトはしかえし(親を殺された
ふくしゅう)を恐れて子供も殺したのだそうです。ひどすぎます。

そして、次は、その殺される人達が、この野原に来る前に、閉じこめられた
刑務所にいきました。刑務所と言うと、悪い人がタイホされたところの
ようですが、何も悪くないのに、刑務所につれていかれたのだそうです。

そして、この刑務所は本当は刑務所ではなくて、高校だったと聞いてびっくり
しました。学校をそんなところにするなんて、本当にひどいです。

ここには、教室がろうやになっていました。ベッドがひとつあって、そこには、
手足を鉄でしばりつけて、殺されている写真がありました。
ひとつひとつの教室に、その人達がどうやって死んだか(ごうもんされたか)
を表しているのです。

また、その絵もたくさんありました。例えば、首釣りや水の中に顔を入れて息が
出来ないようにして殺したり、首を切ったり、爪をはがしたり、体をペンチで
はがしたり、つるされたり、いっぱい信じられないひどい絵がありました。

そして、ココで死んだ人達が心霊写真となってうつっている写真がありました。
ここには、生きたくても生きられなかった、人達のたましいが、たくさんいるのだと
おもいます。
心霊写真は、不思議に、こわくはありませんでした。

そして、昼ご飯を食べて、カンボジアが独立した記念に作ったとうを見に行きました。
そして、次ぎは、王宮に行きました。
王宮の中は、あまり入れませんでした。
そして、次は、シルバーパコタは僕は、見ていません。
そして、ナショナルミュージックに行きました。
ナショナルミュージックは、石で出来た神様などがありました。
僕は、あまり好きではありませんでした。
そして、ホテルに帰りました。カンボジアはとても暑いのでほんとうにくたびれました。





2月21日 カンボジア シェムリアップ→プノンペン

今日は、朝6時に起きて、ミニバスにのりバスターミナルまで行って乗り換えて、
プノンペンと言う首都に行きます。
バスには、れいぼうが入って、てすずしかったです。
バスの中で本を読んでいるとバスがゆすれて、なかなか本が読めませんでした。
道はほそうしてあるけど、ボコボコしています。でもシェムリアップまでの
バスに比べるととてもマシです。

そして、休けいなどをして、やっと6時間かかってプノンペンにつきました。
ホテルは、そのバスももっているキャピトルホテルにしました。
わりと大きいベッドが3つあって、部屋も広くて、冷房やテレビもついて、
たった12ドルでした。アジアはホテルも安くて本当にいいです。

午後2時なので、外に出て昼ご飯を食べました。
昼ご飯は、ラーメンでしたがラーメンの中身が内臓が入っていました。
僕達は、食べなかったけど、現地の人達は、関係なく内臓を食べていました。
タイのラーメンに比べると、あまりおいしくなかったです。でもこれが
カンボジアの味なのかな。
そして、1時間30分ぐらい歩いて、ホテルに帰って、少し勉強をしました。
そして、夜ご飯を食べて、少し散歩しました。ここはバイクがものすごく
たくさん走っていて、バイクは信号を守らないし、逆からも走ってくるし、
めちゃくちゃです。ぼくたちは何度もぶつかりそうになりました。


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カンボジアのこといろいろ知った
カンボジアの首都プノンペンへきたよ。ここでは1日ツアーに入ったよ。大人ひとり6ドル(700円)子供はタダやった!

まずは、ポルポトがたくさんの人を殺したキリングフィールドへ。

キリングフィ頭蓋骨.


キリングフィたかひか

キリング木子供殺

これは子供を殺すのにつかった木・・・
キリングフィ服



キリングフィールドまま

まだ、身体の骨はうまったままらしい。
キリングトイレ日本から

トイレは日本から。

本当に・・・むごいなあ

それから、市場にいって、toul sleng博物館へ。

ここは、さっきのキリングフィールドの前に収容される刑務所。
刑務所といっても元は高校。その教室をつかって、たくさんの人を
ごうもんしたそうだ。(詳しくは、あとでアップするぼくの日記も読んでね。)



プノンtoul sleng部屋男

プノンtoul sleng部屋のみ

プノンtoul sleng絵つるし

プノンtoul sleng過去虐殺写真


話は変わって、プノンヘンの夜はにぎやかだよ。たくさん屋台が出て、
暑くてもいろんな料理を目の前でつくってる。
プノン屋台パフォ




王宮はきれいだった。
プノン王宮



おまけ・・・いつもはケンカ、寝たら仲良し、らしい。
プノン寝たら仲良し2袈裟色

プノン寝たら仲良し1



アンコール遺跡は神様がいっぱいでたのしかった
アンコール遺跡は私が今まで見た遺跡の中でも群をぬいてすばらしいと
思う遺跡です。でも、子供たちが、興味をもってくれるかなあー、
と思っていましたが、けっこう、おもしろかったようです。

ワット朝日

ワット参道夕陽_6_1


ワット夕陽



アキーラの地雷博物館にいったよ
みんなのために地雷を手でほっているすごい人がいたよ。
アキーラという人。カンボジア人。
お母さんは、これを見たかったのだそうだ。
地雷はこわいな。

アキラの地雷博物館
シェムリ地雷たか_3_1

ここには地雷で足や手などを失った子供達もいて、アキラが面倒をみている。サッカーもやってるよ。リフティングもうまかったなあ
シェムリ足を失った少年たかひか_5_1

アキラの本が出たんだ。もちろん買ってよんだよ。ふりがながうってあるからぼくでもよめるよ。感想はまた書くけど、びっくりする話だった。
シェムリあきら本


シェムリアキラ博物館_2_1

かれがアキラ。本名はアキーラ。すごい人だ!
シェムリあきら_1_1



すんごい道通って、カンボジアにやってきたよ
2007年2月15日 バンコクを朝7時に出て、バスでカンボジアの国境
をこえたよ。タイ側はデラックスバスで道もよかったけど、カンボジアに
入ると、バスはボロボロ、道もデコンボコンでひっくりかえりそうだった
よ。

途中の村はどれもタイとは比べ物にならないぐらい貧しそうだった。

そんなバスに6時間もゆられて、ヘトヘトになって、シェムリアップという町についたよ。

つかれたーーーー

でも、着いた町は、ここまでの道のりがうそみたいに、キラキラで、大きなホテルやレストランもたくさんあって、キレイなところだった。

お母さんは15年前この町にきていて、その変わりようにびっくりしていたよ。

カンチャンブリ写真いろいろ
たいめん(泰緬)鉄道の上。ここ建設でたくさんの捕虜の人々がなくなった歴史をぼくは知った


カンチャ鉄道の上



エラワン国立公園近く  バンブーラフティング
エラワンバンブーラフ

エラワン公園ではたくさんの外国人と泳いだよ
エラワンたかひか外人.

トラックバスもきもちいい
エラワントラックバス

もちろん、ぞうにものったよ。
エラワンゾウひかぱぱ

エラワンゾウたかまま


おまけ・・タイはマッサージが安くておかあさん喜んでる!1時間たったの99バーツ300だよ!
カンチャ足裏99


トクトクにものったよ。風に吹かれてきもちよかったー。カンチャトクトク



カンチャナブリに行って日本の戦争のこと知ったよ
「タイのツアーは安くて充実してるよ」
2月10日 タイ カンチャナブリ

今日は、朝8時~夜の6時までツアーです。
朝8時ツアーのバスがむかえに来ました。
1時間経って、エラワン国立公園に着きました。
エラワンには、7つの小さな滝があります。
7こ目の滝まで、1時間ぐらいかかりました。
7こ目の滝までは、みんな坂道でした。
7こ目の滝に着いたら、みんな泳いでいました。
滝には、魚がたくさんいて、僕達の足をかみます。
水は、とても冷たかったけど気持ちかったです。

それから、ゾウに乗れる所に行きました。
そのとちゅうで、竹の船に乗って、川をわたりました。
竹の船は、少ししずみそうだったけど、ワクワクして、楽しかったです。

そして、ゾウに乗れる所につきました。
ゾウのせなかに乗って、村をうろうろしました。
川にゾウが入ったらガイドさんが、ゾウをあらっていました。
ゾウは、とてもうれしそうでした。
僕達が乗ってたゾウは、川で、うんこをしました。
僕は、ガイドさんが乗っているとくとう席(ゾウの頭の上)にも
すわりました。

その次ぎは日本人が戦争でつかまえたイギリスほりょ・アメリカ・タイ
・オランダ・オーストラリア人を使って、作った鉄道に行きます。
その橋は、
「死の鉄橋」
と、よばれています。
その理由は、5年はかかる鉄道工事を、日本軍が(少しでも早く戦争に
必要なものを運びたいために)たったの15ヶ月で作らせたもので、
そんなに早く作るために、たくさんの人が労働やマラリアなどの病気や
くすりがないために命をおとしたからです。

ぼくたち観光客が乗るところは、その鉄道工事の中でも、一番むずかし
かった場所で、命をたくさんの人が落としたといわれているところです。
左側は岩山で、右側は川で、こんなところに鉄道が・・・と思うところ
です。
その汽車に乗りました。
4つ目の駅で下りました。

そして、日本が戦争で使う道具を日本に送るために、イギリス人達が日
本人にめいれいされながら作った橋を見に行きました。
その橋は、観光客でいっぱいだったけど、昔イギリス人達が日本が戦争
に使うと聞いて、イギリス人達が爆破、してしまいました。
ココで、食べ物を少し食べて、ホテルに帰りました。
1日とてもいろいろ見れてたのしかったです。


ひさびさ長時間のネット
ぶつぶつまま 07年2月12日
現在地タイのカンチャナブリです。
ネットが1時間15バーツ(45円)と安いので、私にとっては長時間(3時間)にあたる更新をしました。ふううううー

なにしろ、肩こり、背中こりがひどくて、ほんとうにこまりもんです。何事も13年前とは大きく違うもんです。

それに、もうとにかく、私(お母さん)が4人の中でも、どんくさくてこまります・・。

おととい、車道をよこぎっている途中、帽子がふきとんで、それをキャッチしようとして、ぞうりがすべって、車道の真ん中でコケました。
おいおい!
これが、エジプトやイエメンやったら、ひきころされてるところでした。

日本からアジアに来ると、交通はスゴッと感じますが、私たちの
ルートでくると、ここタイは、めっちゃ交通もおとなしいです。
大通りではちゃんとみんな信号待ちしていますからね!

で、コケて、背中をねじって、ぎっくり背中になっちゃいました。
でも腰でなくてよかったです。

なぜなら、昨日は1日、ツアーに参加しまして、エラワン国立公園を
2時間は歩き、いかだや、ぞうにのるというコースなんで、
心配しましたが、どうには、なんとか、無事、こなすことできました。

そうそう、タイといえばマッサージ。山のようにマッサージやさんあります。安いところで1時間300円でしてくれるんですよおお!
うれしいかぎりです。

それと、今日、ヘンナを買いました。ヘンナというのは、インドや
アラブのいろんな国でもあるのですが、自然の染料です。まあ、葉っぱ
の汁って感じですね。これで髪をそめると、髪がいたまないそうです。
で、タイで買うと安いとグアテマラで美容師さんに聞いていたんです。

実は、まあ、楽しい世界一周の裏には、私の涙ぐましい?
いろいろ心労?苦労?心配?ありまして、私の頭は白髪化しています。中の方はまっしろけです。もう、誰も私をお世辞にも、若いーとはいってくれません・・・・ははは。

そうそう、4,5年ぶりの再訪問のサンクラブリのデイジーさんの
家族からも、ふけたわねーーーと。ああ、かなしいです。

まあ、白髪は染めればいいのですが、私の場合、髪そのものがかなり
痛んでいるので、普通の白髪染めするとますますひどくなってしまいます。かといって、日本でヘンナは高い。だから、ここタイで買い占めていきます。とりあえず、今日、ヘンナを買いました。うまく染まるかなあーー


サンクラブリのデイジーさんち3回目の訪問


「デイジーさんちのみんな本当にありがとう!」
サンクラみんなへミサンガわたし

友達のあかし!みんなに僕と光がつくったミサンガをつけてあげた!
サンクラみおくり


デイジーさんとの出会いは5年前・・詳しくは
http://www.hf.rim.or.jp/~kaya/noushuku7.html
デイジーさん関係のHP(カレン人の難民問題)
http://www.burmainfo.org/
http://www.burmainfo.org/brcj/



2月7日 サンクラブリ タイ

今日は、デイジーさん達と最後の日です。
朝勉強をして、昼ご飯を食べて、モン族の橋をわたりに行きました。
モン族のひとたちも、ほとんどミャンマーから逃げてきたひとたち
だそうです。
モン族の橋は、全部木で出来ていました。
橋は、所々あなが空いていました。
モン族の村を見ました。
モン族の家は、みんな木(木をあんだような感じ)で出来ていました。
サンクラモンビレ



そして、家に帰って、部屋でずっと光といっしょに遊んでいました。
そして、3時半になってみんな学校から帰ってきました。
9才の女の子といっしょに遊んでいると、ヨワの妹ピカチュウが遊びに
来ました。
そして、4人で遊んでいたらヨワとルビンも遊びに来ました。
そして、6時くらいになって、前のデイジーさんの家(今はルビンの
家族の家)に行きました。
みんなで、(ぼくたちがルビンにプレゼントした)レゴで遊びました。

そして、ヨワ達が日本語を教えてと行ったので、教えて、7時半に
デイジーさんの家に帰りました。
夜ご飯を食べて、また、日本語を教えて、6人でぬいぐるみを投げて
遊びました。
そして、9時半になってみんなとバイバイしました。もっと遊びたかった
けど、みんなは明日学校だからです。みんなと遊べてとても楽しかった
です。


サンクラソンブレロみんな

国境近くのソンブレロ川で泳いだよ!やっほー


2月4日 サンクラブリ タイ 

今日は、5年前タイで知り合ったデイジーさんの家へ行きます。
バンコクのバスターミナルから、カンチャナブリというところに行って、
お昼ご飯を食べて、今度はサンクラブリ行きのバスにのりました。

6時間かかって、やっと、
「サンクラブリ」
につきました。
サンクラブリについたらバイクタクシーに乗って、デイジーさんの家へ
行っていたら、ぐうぜん、歩いているデイジーさんに会いました。
デイジーさんの家は、4年前引っ越しして、新しい家に住んでいました。
新しい家には、新しい家族がいました。
4カ月の赤ちゃんがいました。
サンクラたか赤ちゃん



新しい家を少し見て、テレビを見ていたら4年前会った
「ヨワ・ルビン・ヨワのお母さん・ルビンのお母さん」
と、会いました。
今日初めて、会う人達がいました。
「高校生と中学生のお姉ちゃんと9才の女の子」
が、いました。
ヨワとルビンは、自分の家に帰りました。
9才の女の子といっしょに遊びました。
ぬいぐるみを投げ合ったりして遊びました。
そして、夜ご飯をデイジーさんが作ってくれました。
デイジーさんが作って、くれたご飯は、とても美味しかったです。
そして、また、9才の女の子と遊びました。


2月2日 バンコク タイ


2月1日 ドバイ→タイ

今日は、ドバイ→タイに行くので、朝5時に空港に行きました。
空港についたら係の人にパスポートを見せて、飛行機乗り場に行きまし
た。
そして、1時間後飛行機に入って1時間後飛行機がやっと出発してくれ
ました。
ドバイ→タイまで、約6時間かかりました。近いと思いました。
飛行機の中で、ゲームをしたりテレビを見たりして、6時間があっと
いうまに経ちました。エミレイツ航空はテレビコンピュータが一人に
一台あって、ほんとうにたいくつしないです。

バンコクは時差があるので、ドバイ時間だと昼の2時だけど、タイは
夕方の6時になっていました。
空港から空港内だけの無料のシャトルバスにのり、バスターミナルへ
いき、そこから、普通のバスで、いつもいくカオサンという地区へ
向かいました。

バンコクの空港はあたらしくなっていて、前と場所もかわっているそう
で、よくわからなかったけど、無料シャトルバスの運転手のおじさん
が親切に、あのバスがカオサンにいくよと教えてくれました。

カオサンにつくと、外人だらけでした。
ひかるとふたりで、「あ!ここ、来たことあるね!」と思い出しました。
ここにはたくさんホテルがあるけれど、ぼくたちが目指したホテルは
思いがけず高くて泊まれず、ウロウロしてホテルを探しました。

お母さんも、4年ぶりのタイだけど、話に聞いていたけど、カオサンは
高くなってるねーと驚いていました。
でも、ここが、食堂もたくさんあるし、いっぱい出店があって楽しい
ので、この地区で探しました。
ぼくは、このホテル探しがきらいです。荷物は重いのに、ウロウロするの
がきついからです。でもお母さんは、あきらめないので、いつも、
ケンカになります。
やっと、ホテルを決めました。1泊700バーツ(2100円)です。
これでも高いけど、今日はもう夜なのでしょうがないということに
なりました。

ホテルに荷物をおいて、さっそく、夜ご飯を食べに行きました。
夜ご飯は、タイラーメンを食べました。
この世にこんなにおいしいものがあるんだーーー!と思うほど、
とても美味しかったです。1杯30バーツ(90円)でした。

サンクラみんな

サンクラはたおり

サンクラバイク5人のりたか

サンクラデイジキッチンたかひか

サンクラたかピカチュウ



たかひか「ドバイでおお金持ちになる」
「ぼくはこの7つ星ホテルに絶対とまってやるうう!」
と誓ったよ!

この7つ星ホテル1泊最低でも1000ドルするらしいです。ランチで
2万円、入場するのに3000円かかるそうです。警備も厳重。
そりゃそうですよね。世界のリッチがとまっっているんですから。

ドバイ7つ星夕陽


1月31日 ドバイ
今日もエミレイツ航空へいきました。
お母さんは、なんとか、2月1日バンコク行きの席をとりたいみたい
です。

今日はその前日。ダメモト(ダメでもともと)でまた行こう、となり
また行きました。

番号札を取って待ちました。斜め向こうにアジア人っぽい男の人が
いました。前もいて、おかあさんが、「あの人にあたったらいいなー」
と言いました。

というのは、番号札でよばれるので(日本の銀行のように)、誰にあ
たるかわからないのです。

何でその人がいいかというと、これまでずっと女の人にあたってきて、
席がとれないからだそうです。おかあさんが言うには、男の人の方が
なんとかしてくれる可能性がある?のだそうです。

で、結果。
本当に運良く、そのアジア人にあたりました。その人はフィリピン人だ
そうです。初めは、全然とれない、と言われました。でもお母さんは
粘って、「どにかくいつでもいい、バンコクに行きたい」と。
すると、「航空券持ってますか?」ときかれて見せると、
そのフィリピン人が私達が飛んできたルート、これからのルートを
しげしげと見て、なんか感動して、
「ちょっと待って、ちょっと相談してくるから」と奥の部屋に。

数分後、なんと「OKです。4席とりました!」と。

おおおおー!粘ってみるもんだ。ぼくたちはあす出発することができま
す。

その日の夕ご飯は、いつもの安食堂パキスタン料理やレバノン料理では
なく(これはこれでおいしいんだけど)、ふんぱつして、中華料理
へいきました、白ご飯もいっぱい食べれてぼくはとてもうれしかったで
す。

「ドバイの思い出に!すっげー!ラジコン」
1月30日 ドバイ
今日もウロウロしました。ウロウロしても、お母さんは何も買ってくれ
ないのでつまらないと思っていました。

ここドバイでずっごいラジコンがあって、おもちゃやさんが店の前の
道路で、ずっと遊んでいました。
ふつうのラジコンじゃなくて、合体変形するし、ぶつかっても全然
平気なくらいじょうぶそうなやつで、これは日本でも見たことがありま
せん。ひかるもぼくも(パパも)目がくぎづけになっていました。

それを、おかあさんが毎日のアイスクリームやおかしをがまんするなら、
買ってあげると言いました。「ドバイの思い出に」

やったー!



「ドバイは欲しい物だらけ!」
1月29日 ドバイ

今日は、朝勉強をして、昼ご飯を食べに行きました。
そして、エミレイツこうくに行きました。
エミレイツこうくうに行って、キャンセル待ちしているバンコク行きの
予約がとれていないかと聞きにいきました。

予約はとれていませんでした。とても混んでいるそうです。
ドバイとバンコクは1日2便飛ぶ日と、3便も飛ぶ日があって、たくさん
飛んでいるのに、全然あいてないとのことでした。

ドバイはお金がかかるので、早くバンコクにいきたいけれど、席が
ないのです。
エミレイツ航空の女性は、
「アップグレード席ならある」
と言いました。
それに乗りたければ、ひとり7万5千円追加になると言いました。
お母さんは冗談じゃないと断りました。

結局、席がとれたのは、2月6日。その間はまったく席はなく、キャン
セル待ちができるのは2月1日だけ。それ以外は、キャンセル待ちがで
きないほど混んでいるそうです。

2月6日に出発するとしたら、ドバイ滞在が10日になって、宿代
だけでも、56000円になってキツイなあーとお母さんが言いました。

でも、ぼくはドバイはキレイだし、信号があって、横断歩道があって
それを守るし、ごはんは高いけどおいしいし、お店もたくさんあって、
見てるだけでもたのしいし、で、好きになったので、まだいてもいいな
と思いました。

それから、近くのショッピングセンターに行きました。そんなに大きい
ところではなかったけれど、日本のスーパーのように、いろんなものが
たくさんあって、買いたい物がたくさんあって、たのしかったです。

それから、少し歩いたら、広くてきれいなしばふの広場があったので、
そのしばふで、走り回ったりキックして遊びました。
こんなにキレイなしばふだと、日本でも、「入ってはいけない」かんじ
だけどドバイではみんなはいっています。ぼくはこのしばふがとても
きにいりました。

そのあと、船に乗りました。
ドバイは町の真ん中をドバイクリークといって運河がながれています。
それを船でわたることができるのです。
観光客のための船ではなく、こっちの人の生活のための船です。
船は、1人1ディラハムで(30円)でした。
船で、川の向こう側に行きました。
向こうの町をたくさん歩いて、また、船に乗りました。
遊園地があったり、とうもろこしや、いろんな出店があって、
おかあさんに「買って」といったけど、高いからダメと言われました。
何でも高いからダメでぼくはつまらなかったです。
それで、途中でお母さんと大ケンカしました。ぼくは大金持ちになって
このドバイで何でも買ってやる!と思いました。

そして、結局、宿の近くの安いパキスタン料理やさんで、カレーを
食べて、ホテルに帰りました。この町には、出稼ぎ者のための、食堂
(レバノン料理、インド料理、イラン料理、地元のアラブ料理、など
など)がいっぱいあります。きんがくもとても安いです。4人で腹一杯
食べても1000円ぐらいです。

でもぼくはキレイなレストランで食べたいです。


「7つ星ホテルみたよ!」「ドバイのバスのヘンなルール」
1月28日 ドバイ

今日は、朝~昼まで、勉強をして、その後昼ご飯を食べて、世界一高級な
7つ星ホテルを見に行きました。
バス停に行って、45分待って、やっと7つ星ホテル方面に行くバスが
来ました。
バスのねだんは、1人2,5ディラハム(75円)でした。

何でも高いドバイだけど、バスは安いです。なぜなら、アラブのお金持ち
たちは自分の車に乗るのでバスにはのらないからだそうです。バスは、
出稼ぎの労働者のためのものなので、安いのだそうです。

そして、1時間20分後7つ星ホテルにつきました。
7つ星ホテルは、とても大きかったです。
本当は、7つ星ホテルの中も見たかったけど、1人25$ドル(3000
円)して、ただ見るだけで3000円は高いので、やめました。

海の砂浜で、少し(30分)遊んで、夕陽を見て、反対側に行きました。
反対側は、もう7つ星ホテルの物になっていました。
7つ星ホテルにたくさんの金持ち外人が入っていきました。ホテルの前に
はけいびいんが何人もいて、泊まっている人以外にはいれないように
していました。
ホテルの前には泊まっていないぼくたちのような人がたくさんいて、この
ホテルをうしろに写真をパチパチとっていました。ぼくは、このホテル
に泊まってやる!と思いました。

最悪のことはこのあとでした。

6時半なので、帰ろうとして、バス停まで、行って、バスを待ちました。
しかし、なかなかこないし、やっと来たと思ったら、満席で、通過
されました。

満席といっても、乗れないほどではなく、前の方は立ってのれるのに、
バスは通過していきます。

バスは日本のように時刻表があって(時刻表がある国は他にはなかった)
それによると、1時間に4本あるのに(15分に1本)ぜんぜんきません。
バスを待つ人はどんどん増えていきました。

よく見ると、待っているのは、こっちの人ではなく、ぼくたちと同じ
アジア人(中国人やフィリピン人)でした。ここらへんは高級住宅街なの
で、お手伝いさんのようでした。

待ちくたびれて、そして、1時間30分がたっても一人も乗れないので、
平行する1本うら側の道に行ってみようということになりました。

うら側は、暗くみんな高級の家ばかりで、大きな通りには出たけれど、
バスが通る道ではないようで、全然来なかったです。

もうバス停がないので、さっきのバス停に戻りました。
さっきのバス停に戻ったら、さっきより人が増えていました。
同じ人が待っていたので、ひとりも乗れていないことがわかりました。

そして、またずっと待って、結局2時間30分も待って来なかったので、
逆のバスにのり、逆の終点まで行き、終点からバスに乗り込もうと
いうことになりました。

このままでは、バスの運行も夜の11時ぐらいで終わるし、ここは
町から30キロほど離れていて、タクシーに乗ったらとても高いのは
わかっているからです。

そのバスの終点まで、1時間ぐらいかかりました。
終点に着くと、そこにはまた何人もバスを待っていました。しかし、
バスの運転手は、すべての人をのせずに、そのままドアを閉めて、10分
待てといいました。

ドバイのバスの運転手は、なんでかわからないけど、えばっています。
その時も、出発時間まで10分停まるなら、お客をのせたらいいのに、
のせません。ドバイは暑い国ですが、今は冬で夜はかなり寒くなります。
みんな寒そうにドアの前でまちました。

そしてやっとのれました。
そして、バスの終点から僕達のホテルのバス停まで、2時間ぐらいかかり
ました。
夜12時に僕達が泊まっている近くにつきました。
そして、夜ご飯は、近くのパキスタン料理を食べました。
食べて、すぐホテルに帰りました。

ドバイのバスはキレイだけど、本数がとても少ないし、通過するので
いやだなと思いました。

僕たちがずっとバスに乗っていて気がつきましたが、ドバイでは前の
3列は”女の人がすわる”席と決まっているようです。そこに男がすわ
っていて、女が乗ってくると、席をあけて後ろにきます。後ろは男ばか
りです。女の人の席がいっぱいのときは、4列目にすわっている男が席を
ゆずります。女の人は男の人の横にはすわりません。立つのも、女席の
ところで、男はその3列のところには立つこともできません。

だから、バス停で通過されたとき、前の方があいている(まだ立てる)
のに・・・と思ったわけです。
その女席には人は乗せないということです。

ドバイに住む人は、30%が現地人、70%は出稼ぎ者を含む外国人
だそうです。イエメンはこれよりもっときょくたんだったけど、
ドバイはイスラムでない外国人も多いのに、へんなルールやなあ
と思います。 


「お金持ちドバイへ」
1月27日(土)イエメン→ドバイ

今日は、朝5時半に起き空港へ行きました。
空港についたら係の人にパスポートを見せて、中に入ります。
飛行機に乗って、ゲームやビデオをたくさんみました。
そして、3時間後ドバイにつきました。
ドバイには、7つ星ホテルがあって、世界最高級のホテルがあります。
7つ星ホテルは、海の上に立っているごうかなホテルです。

空港のバス停からバスに
乗り、その終点のサバブというところでおり、ホテルを探しに行きまし
た。
ここらへんは、アフリカや他のアラブの国から出稼ぎにきている人が
多く、安いホテルもあると聞いていたからです。
安いといってもドバイはなんでも高い国なので、ぼくたちが泊まれる
ようなホテルは、なかなかありません。
そして、5軒目ぐらいに、ここにしようと決めました。
今まで世界一周で泊まった中で一番高いです。1泊5500円でした。
それでも、他よりは安く、それからもいろいろ探したけど、ここが一番
安かったです。

テレビも冷蔵庫もクーラーもついているし、ホットシャワーもガンガン
でます。でも部屋はせまいです。
それから・・・小さいごきぶりがちょろちょろしていたので、殺虫剤で
やってつけました。

そして、夜ご飯に中華料理を探しに行きました。
そして、中華料理があったので、そこで夜ご飯を食べました。
中華料理やに行って1番うれしいのは、白ご飯です。
そして、やきとりみたいなのと、なべを頼みました。
なべは、2つにしきられていて、辛いスープと辛くないのに分かれてい
ました。スープの中に肉や野菜などを入れて食べました。スープはとても
おししくて、最後にはぜーんぶ飲みました。そして
僕は、茶わん3倍分白ご飯を食べました。
とても美味しかったです。
値段は全部で100ディラハム(3000円)と今までからするととても
高いけど、ドバイではこのくらいなのかな?
でも、お母さんは高くてショックを受けていました。


たかひか「イエメン不思議物語」
「イエメンは不思議だ!」
1月26日(金)イエメン サナア

イエ女黒服



今日は、イエメンの休みの日です。
休みなので、街もあんまり人は、歩いていませんでした。
朝勉強をして、昼ご飯を食べて、街をウロウロして、ホテルに帰りまし
た。

イエメンでは、女の人はみんな黒い服をきて黒いスカーフまいて黒い
顔かくしマスクをつけて、目だけ出してあるいています。その目も黒い
スカーフでかくしている人も多いです。

なので、女の人は、たぶんまわりがよく見えないと思います。その証拠
に女の人は歩いていてぶつかりそうでもよけません。

目だけだしているので、ほんとうにおかしいです。でもその目は大きくて
とてもキレイだとお母さんは言っていました。

だから女の人は外食をしません。外で食べている人はいません。黒マスク
をはずさないと食事はできないからです。あるとき、アイスクリームや
さんに行ったら、何人も女の人が買っていました。アイスクリームは
たべるんや、と思っていたら、横で食べていました。

食べるときぐらいマスクはずすやろ、と思っていたら、その女の人は
その黒マスクのまま食べていました。黒マスクがアイスクリームで
べちょべちょでした。そこまでしてマスクをはずさないんだ!とびっくり
しました。

それと驚いたことはまだまだあります。

それはミニバスとかに乗ったとき。女の人はぜったい男の人の横には
すわらないのです。家族だったらいいみたいですが、知らない男の横
にはすわりません。すわらないのはいいのだけど、そういう場合は、
えらそうに、じっと待っています。そうすると、乗っていた男が
さっと降りたり、席をゆずります。なんか、えらそうで王女様みたい
です。

女の人が4,5人とか団体で乗ろうとすると、男達は全員降りて
バスには女だらけになります。

それから働くのは男だけです。女の人は働かないんだーーとびっくり
です。

いろいろびっくりしましたが、一番びっくりは、やはりジャンビア(剣)
をさしてあるいていることです。ぼくたちも買って歩いたら、イエメン
の人達はみんな「グッド!」と声をかけてくれます。時には、ジャンビア
をじまんしあったり、比べたりします。

ジャンビアはぬいたらだめです。いろんな人がおしえてくれました。
でも、ジャンビアをぬいて、何かおこっているおじいさんがいました。
ジャンビアは買うとき、とがっていませんが、とがらす職人さんも
いるので、とがらしていたらこわいです。

イエメンの人は、男の人しか話してませんが、みんなとても親切で
やさしいです。ぼくはけっこうイエメンが好きになりました!


2月1日バンコクへ飛びました
めっちゃ食べ物おいしいです!安くてうまい!これって最高ですよね!
人間もいいし、治安もいい、ちょっと暑いけど・・・
タイってまさに楽園ですね!あらためてタイのよさを認識しています!

タイ到着その日に食べたタイラーメン!うま!
これで30バーツ(90円)安!
しかし、これはカオサン(バックパッカーの集まる地区)のレート
ほかでは20バーツで食べられます。
カオサンは話に聞いていましたが、あまりに有名になりすぎて、いろんなものがカオサン価格になっています。ちょっと離れればもっとうまくて安いです。特にインターネット(日本語が打てるという表示なんかがしてある)は要注意。私が今やっているここは1時間15バーツ(45円)ですが、カオサンでは1分1バーツ(1時間60バーツ)で4倍!です。ご注意を!

タイラーメン30b


なぜか、お坊さんを見てほっとする・・
タイの寺坊さん


なぜかお寺に入ってほっとする・・
タイ寺



1月27日ドバイに飛びました!
お金持ちの国ドバイへ到着!
日本よりキレイで、日本より安全で、日本よりリッチな国ときいていますドバイにきました。

ホテルが最低ラインの安宿で5600円もします。。。。ううう。
まあ、設備はいいのですが、エアコン、テレビに冷蔵庫つき。しかし、
しかし、ちびこきぶりだらけ・・でした。(一人部屋でも100ディラハム、3000円ぐらいします)
お母さんショック!

でも、ここらへんは出稼ぎ者の街。パキスタン料理やレバノン料理や
イラン料理などたくさん。おいしくて、おもしろいものが食べられます。

私たちのとまったその宿は出稼ぎアフリカ人がいっぱい。アフリカを
旅してきた私たちには妙になつかしいよーな・・

ドバイ7つ星夕陽

ドバイ夜七つ星

これが世界最高級の7つ星ホテル
近くの公共のビーチで夕日見ました。うつくしい!夜は七色にライトアップされます!

うつくしいーーー!と感激したあとには、悲劇がまっていました。
ドバイバスは乗車拒否がひどいんです。詳しくは、たかひか日記で。



こんなすばらしい芝生を贅沢につかった、砂漠の国とは思えない公園が
いくつもあります。芝生も質がいいやつです。町中に花壇があり、水をひいてきています。お金があれば、砂漠も緑になれる!んですねー

ドバイ芝生広場


これが問題のドバイバス。きれいです。上等です。しかし、乗車拒否は
たまらんです。本数も少ないです。ドバイではお金持ちはバスなんてのりません。
ドバイバス

ドバイの夜  どこもライトアップ 本当にきれいです。きれいで、
治安もよく、夜でも安心して歩けます。そうそう、信号もあって(いやー今までなかったので感動です。)みんなある程度!信号守っています。
ドバイの夜


ドバイクリーク(運河)をゆく庶民の船、1ディラハム 30円です。
バス、船、タクシーも安いです。
ドバイクリーク船30円.



アラビアンナイトの世界だよ
イエメン!ママが一番行きたかったところ!
すばらしい国でした。人々はとおーーーーーっても親切です。
治安もとってもグッド!

「お母さん 見て!みんなお腹に剣さしてるよ!すごい!」
と到着早々、子供たち。
イエ男はジャンビア


イエサナア街

首都サナアの旧市街は世界遺産!きれいだよー!

イエ小さい男のもジャンビア

こんな小さい子も剣(ジャンビア)してる~!
イエ女黒服

女性は100%黒服 顔を出している人もごく少数。ほとんど黒のスカーフで顔を覆っている。
女性は働く人もごくわずか。ひとり歩きもごくわずか。外食している姿もない。
イエ金曜日のモスク

金曜日のモスク(イスラムの安息日は金曜日)
イエロックパレス

これがサナア郊外にあるロックパレス
イエメン門

イエメン門 旧市街の入り口
イエメン建築

イエメン建築きれいです!
イエメニたかひか

たかも光もイエメニー!
イエたかと男性ジャンビア

ジャンビアさしてあるくとみんな仲良くなれる

イエアルナスルホテル

泊まったアルナスルホテル 
イエジャンビアくらべ光


イエ旧市街ジャンビア子供5人


イエ食堂ナン

ナンがうまいよ。
イエ情報ノート


貴重な情報ノート!お世話になりました!


ぼくもジャンビア(イエメンの剣)をさしてイエメン人になったよ
イエメン子供たかひか

サナア旧市街で子供たちと
イエメンキックかたひか


【ぼくもジャンビア(イエメンの剣)をさしてイエメン人になったよ】
1月18日(木)サナア イエメン

今日は朝10時にホテルを出て、旧市街に行きました。
旧市街は、迷路で今どこか分からないくらい迷路になっていました。
イエメンの男の人はは、みんなおなかに剣をさしています。
そのけんは本物もあればにせものもありました。
けん屋に行って、ねだんを聞くと、
「ベルトつきで2000レアル(1000円)
といわれました。
とてもかっこよかったです。
でも、これは剣が本物ではなく、アルミでした。
剣を本物にすると、「3500」だといわれました。
買うなら本物がいいよ、とパパが言ったので、本物を買いました。
「3000レアル(1500円)」にまけてもらいました。
ベルトをぼくのこしにあわせてとりつけました。それが200リアル
(100円)でした。

剣をつけて街をあるくと、たくさんのイエメン人が、お!いいよ!いい
よ!と言ってくれました。

今日は、いろいろ旧市街を3時間も歩きました。
その後昼ご飯を食べて、いままでいっていない方に行きました。
銀行を探しながら街を見ました。
そして、現地の人に聞いたら、
「まっすぐ行って、右に行けばあるよ」
と、教えてくれました。
銀行で、お金をおろして、ホテルに帰り行きました。


【バイバイ、アフリカ!】
1月16日(火)カイロ→イエメンへ
今日はカイロを出発して、ドバイで乗り換えて、イエメンにいきます。
飛行機は夜7時の予定でしたが、2時間も遅れました。
エミレイツ航空というドバイの飛行機です。
ドバイは石油が出てお金持ちの国だそうです。
飛行機もきれいでした。テレビが全席についていて、ぼくたちはゲーム
に夢中でした。
機内食も、子供のセットがきて、その中には、時計とか、ゲームとか、
いろいろ入っていました。
2時間遅れて、ドバイについたのが夜中の2時。ドバイの空港は今までの
国の中で一番きれいでピカピカで驚きました。
そこで、イエメン行きの飛行機が朝の7時発なので、床に寝袋で寝ました。
そうやって寝ている人がとてもたくさんいました。

7時の飛行機にのったら、本当は眠たいけど、また、目の前にゲームと
ビデオがあって、眠りませんでした。
イエメンにつくと、ビザをとり、入国審査に並びました。みんな時間が
かかっていました。そして、理由はわからないけど、ぼくたちはなかなか
スタンプをもらえませんでした。
やっとスタンプがもらえて、入国して、バスで中心のタハリール広場に
いきました。とても親切な男の人が、ぼくたちが行きたいホテルまで、
一緒に歩いて案内してくれました。





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