小学生世界一周日記~ボクたちは今世界一周中!~
2006年4/10~翌07年3/30 家族4人で世界一周、4人総費用500万円。当時たか10歳ひか8歳パパ47歳ママ41歳。米→中南米→アフリカ→中東アジア。左下カテゴリーが訪問国別!自らのガンと子育てから学んだアレコレの3本柱♪


プロフィール

たかひかぱぱまま

Author:たかひかぱぱまま

★「夢が大切!世界一周スライドショー」出前講座やりまーす!メールください!交通費実費で参上します!旅の相談会も!
↑有難い「地方出版文化奨励賞」受賞!

<賞の内容はこちら>

[それゆけ小学生!ボクらの
世界一周]石風社より、234頁
写真沢山、旅行記オ~ルカラー、
小学生から楽しめる総ルビで
す!旅行者が多くない中南米
とアフリカ中心で、子どもの目
線なので、大人が読んでもへ
えー!フムフム!と面白いと
思います。1890円(税込)


♪本の購入こちらからできます。
アマゾンが在庫がよくなくなるので
、その時は、ビーケーワンなどで!

<アマゾン>
<ビーケーワン・bk1>
<楽天ブックス>
直接久米へメール

★旅の勉強会やっています!(天神のカルチャーセンター)

★旅の個別相談もお受けします!1時間無料(予約制)。まずは、メールください。

※本をプレゼントにいかがでしょ
うか?佐川のメール便にて。
送料無料です!!
直接久米へメール
メッセージカードをいれ
ラッピングします!


●帯の絵は次男ひかる。文章
は長男たかゆきの旅日記がモ
ト。出会いに感謝!本屋さん・
ネットにて好評販売中!!

★1分でわかる世界一周CM。ぜひクリックしてネ!


♪本のこだわり♪
こだわり(1)
本の中身(旅行記)カラーです
こだわり(2)
小学生からよめるふりがな入り!
こだわり(3)
紙がツルツルで写真がキレイです!
こだわり(4)
写真と文章を極力一体化。読みやすい!
こだわり(5)
子どもの目線がきっと新鮮?です!
こだわり(6)
一緒に世界一周モードになります!
こだわり(7)
子どもの目線なので、旅をしない人
にも楽しめます!


■久米美都子(お母さん)
連絡先:080-6434-3795
直接メールはこちら!
Fax: 092-751-8722(TEL兼)

■”メルマガ”発行中です。
「女ひとり世界一周&子連れバックパッカー
放浪記」でうら話、子連れバックパッカー、
女1人旅などをご紹介!
登録はこちら

◆出版社は、アフガニスタン支援の
中村哲医師の本を多く出版している
「石風社」さんです。 こちら!
本屋さんになければ直接私がお送りし
ますよ!プレゼントにも対応(メッセー
ジカード付きでラッピングします)

◆本とは別に、小学生向け、
世界一周
紙芝居(手作り)

を広めています。写真
が大きくて、迫力あります。子どもたち
に読み聞かせしてくれる先生、お母さん
お父さん、ぜひ読んでもらえませんか?
その旨メールください



●このブログは、家族で世界一周、
2006年4月出発、ぶじ、2007年3月
末、帰国。長男たか10歳(小5)
→11歳、次男ひか8歳(小3)→9歳、
パパ48歳、ママ42歳。子供達は、
学校の理解をいただいて1年お休み、
パパママは、自営の経営コンサル業
を休眠。人生は一度!念願の世界一
周した記録です。帰国後もいろいろ
あります。感謝!グラシアス!
オブリガード!サンキュー!

●お母さん(久米美都子)元祖HP
(1994年に行った女1人世界一周&
子連れバックパッカーの記録等)
または「女ひとりの世界一周」検索
でも一発で出ます。

●世界一周中、世界から日本に送った
ライブ版エッセイ
「家族で世界一周旅便り」
こちら!よろしくです!



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


インド ウツ病ショック療法?記 (3)ドミですっごい偶然!
本には書かなかった世界一周ウラ話(72)♪
  ~テーマ別~インド ウツ病ショック療法?記 (3)ドミですっごい偶然!
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
  カテゴリー別に入れています)

で、前回から、ウツ病を克服しよう?とインドに行ったときの話。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行ったんです。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、カルチャーショック
で、ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。という背景。


というわけで、第一話は、真夜中のインド到着。

第二話は、ゴミ山の前の安宿”ホワイトパレス”からサダルの安宿”
                         マリアハウス”へ。

第三話は、ドミですっごい偶然!


 1ベッド70ルピー(170円)を3つ確保。

本当は節約して、(当時はまだ小さい)、2つベッドに3人でもよかったので
すが、

うちの子供たち、寝相がすごく悪いので、せめて私の安眠のためにと3つ。



 さて、ドミトリーにに入ると、若い日本人男性がひとり。

「こんにちはー。すみません、子供が一緒でうるさいと思いますけど、よろしく」
と挨拶。

すると彼は
「大丈夫ですよ。ひとり、元気のいい男の子がいますから。このベッドの人のお
子さんですけど。もう1ヵ月ぐらい滞在してるそうですよ」と。
 

 へえー子連れで、インドに1ヵ月!スゴイ人がいるもんだー、と思う私。

 しばらくして、その母子をご体面!

 お母さんの女性は私よりだいぶ若い感じで、男の子は次男ひかると同じぐらい。

 ・・といわけで、同じく子連れ旅同士、仲良くなって、夜のホテルの屋上で、
インド製ラム酒を飲むことに。

 お酒といえば、12年前、

ホテル探しで知り合い、いろいろ案内してくれた男性ヌードウという名前だった
んですが、彼から

「インドお酒を飲もう」

と誘われたことがありました。

インドは全面禁酒国ってわけじゃーないけど、イスラム教は飲酒は禁止だし、
ビンズー教も飲酒を好まないので、ムードとしては、おおっぴらに飲んじゃダメ
って感じがあるんです。

でもその時、ヌードウの提案に

『お!インドでも飲めるんじゃん』とうれしく?なって、飲み屋ってどんな感じ
なんだろう、と期待してしまい、気持ちよくオッケーと。

し・・しかし、なんと、彼は私の部屋にお酒持ってくるからね!

っと言い、ブイーンと車で去って行ったんです。


 で、焦って困って、とにかくふたりっきりは避けようと、顔見知りの同じ宿
の学生さんたちを4人に来てもらうことを約束。

で、時間になってヌードウがきて、でも肝心の学生4人組が来ない。

それなのに、いきなりナント停電!


あの時は、ギョエーーーでしたね。いい思い出♪



 で、今。

彼女といろいろ話していると、私の中で、あれーこの人はもしや・・・


「もしかして、浪速女なんとかかんとか、というHPの人じゃーないですか?」

「え!なんで、知ってるの?」

「いやー私、今回子連れ旅をするのにそのHPを参考にしたんですよー。」


 で、私の方はこれこれこういう者だと説明すると、

私たちは再度オドロクことに!


「もしかして、女ひとりの何々日間世界一周、の人じゃーないですか?」

「ええっ!なんで!?」

「私だいぶ前に旅行の相談メールしたことあるんですよ。ちゃんと返事ももらい
ましたよ」

 何という偶然!

 私たちはおかしくなって大笑いでした。子供たちはすっかり仲良くなって、
3人になったことでパワーアップ。


つづく・・・・


スポンサーサイト

子育ては有難い修行である~想像すること~
子育ては有難い修行である~想像すること~

    
人の心はむずかしい。

私は、次男の、日記を書けないことがどれだけツライことか、本当には
わかっていない、そう思いました。


だって、私は書けるから。

適当に書いて終わらすことができるから。

うまく書けなくても、自信を失ったりしないから。


私がもし、書けない人であれば、その気持ち、わかってあげられるんで
しょう・・

そういうことって、たくさんありますよね。

自分にとっては大したことなくても、その人にとっては大変なことだっ
たり、とても悲しいつらいことだったり・・・。

知らず知らずに・・・傷つけてしまってるんでしょうね・・

それが、自分が愛してやまない、子供に対しても・・。


”想像力”というものは、人間にだけ備わっているんだそうです。
(受け売り)

相手の苦しい気持ちを、想像して、少しでも、寄り添う、力。



人は、それぞれで・・・

どんなことが、苦しみなのか、何が心底イヤなのか、どんなことに傷つくか
・・は、人それぞれ・・・・。

今日の私の対応は、次男を・・・傷つけてしまったかもなあ・・・と反省
しました。




たとえば、もうだいぶ前ですが、こんなことがありました。


それは、ガンになって、それをはげまそうとした友人の一言。

そう、彼女は私をはげまそうと、よかれと思って、発した言葉なんです。


私は1年半前に腎臓ガンが見つかり、右の腎臓を全摘出しています。

腎臓は2つあり、人間の体には、腎臓が2つあって、1つでも、生きていく
という点では、問題ないといわれています。

他の臓器はみんな1つだから、考えてみれば、ガンになったのが、腎臓で、
ラッキーだったとも、いえないこともないわけです。

術後・・・1年経って、ある程度、元気になった私は、友人5人と食事を
していました。

ひとりの友人(かなり会っていない友人)が

「大変やったね~。大丈夫なの?」と私に言ったとき、

もうひとりの友人が、

「大丈夫!腎臓は2つあるっちゃけん。1つとっても、大丈夫!」

と・・。

なんか・・・

なんともいえない気持ちでした。言葉にならない。

そんなにカンタンなもんじゃない・・・と。

まあ、言葉上は、その通りなんですが・・・



でもですね、ガンというものの恐ろしさは、転移や再発なんだと思うん
です。

これから先、一生続く、定期健診で、いつ、転移です、再発です、と言
われるかもしれない、こと。



ガンを取ってしまえば、おしまい!ってわけじゃないところだと思うん
です。

そしてガン=”悪性”腫瘍なわけですが、それも様々な顔があって、
悪性の度合いは、また様々。

ガンは細胞の変化なので、ガン化する体質であり、いつ、何がきっかけで
細胞がまたガン化するかどうかはわからないんです。

腎臓が1つなくなったことよりも、ガン化するかもしれない、素地をもって
いること、いや、自分自身の生き方が、ガンを作ってしまったこと・・・

それは、やはり、恐怖なんですね。

私のように、ガンに心から感謝していて、
「ガンになってない人生より、ガンになることを選ぶ」
と言い切っている私でさえ・・・こわいことはこわい。



だから、私にとって、その言葉に、なにか・・・悲しい気持ちになったん
です。

わからないよね・・・と・・。



まあ、仲のいい友人だから、彼女の真意がわかっているから、全く問題はない
のですが、心には残っているのも事実です。

とにかく、人はそれぞれ。

私は、次男の日記が書けない恐怖を、本当にわかってあげてはいない、

彼は、きっと、おそらく、

書こうとすると、体が固まってしまうぐらい、

頭が真っ白になっちゃうぐらい、

いやなことなんだと思う。




どうしたらいいのかわからないけど・・・帰ってきたら、こう、言おう。

「お母さんは、あなたが日記が書けなくても、あなたのことが、大好きだから。」



近況:作文キョーフ
近況:作文キョーフ

次男は、作文、日記がきらい。

そのきらいな日記が毎日の宿題でもあるので、毎日が、バトル。昨日は特に、
バトッてしまった。

今の担任は、毎日手作りプリント1枚が宿題で、金曜日には、3枚。

プリントは、4分の1が日記、その他は、計算だったり、漢字だったり、社会
だったり、折り紙のときもある。

先生は毎日毎日、子供たちを思って、いろんな問題を作ってくれていて、手間
がかかるし、たまには、子供たちのリクエスト(1年生のときにどんな算数を
勉強していたか、なんて)にも答えてくれたりも。

日記は何を書いてもいい日と、テーマがある日とある。

とにかく、すごいありがたい宿題なんですね。


しかし、日記は、苦手な人にとっては、本当に、苦痛、なんでしょうね・・・


次男が作文や日記がキライな理由は、

自信がない、はずかしい、どう書いたらいいかわからん・・・

苦手な子はみんなそうかなあ・・



私のことを思い出すと、作文は好きじゃなかったが、まあ、適当には書いていた
と思う。

一方、我が家のパパは、作文は”キョーフ”だったらしい。

(そんなパパは、今、文筆業と講演業をやっている。大学生のとき、”卒論”
という、作文を書かないと、卒業ができないと思い、苦手な作文を克服しよ
うと、日記を書き始めたそう。それが、文章がうまくなるきっかけだと)


苦手ではあるが、2年前の世界一周のときは、小3の彼は絵日記を書いたし、
いろんな人に、旅先から絵葉書を送った。

そのときは、けっこう、スラスラとかけていた。

要するに、題材があれば、なんとか、かけるのかもしれないが、日記は、毎日
のこと。書く題材が浮かばない日も出てくる・・・


一方、長男の方は(現在中2)は、書くことが得意。自信も持っている。


「それゆけ小学生!ボクたちの世界一周」の本は、長男の日記をまとめたも
のだし、長男は、自分から、絵葉書を買い、小さな字でびっしりと書いて、
学校の先生、祖父母、友達に、バンバン送っていた。


実は、今の次男の担任は、小6だった長男の時も担任で、そのプリント日記
宿題で、長男は、毎日日記をスラスラと書いていた。

また、この先生には、その当時、たくさん相談に乗っていただいて、いつも
はげましてもらって、すごく感謝している先生で、私は、心から、次男もこ
の先生だったらいいなーーーと思っていたほどだ。


しかし、毎日が、日記バトル。

おそらく、次男もツライのだと思う。

私も、いつかは、できるできると信じている。

でも、毎日がこっちもツライ。

作文・日記やキライな子には・・・

何でもいいのよ~という声かけは逆効果だそうで、時間をかけて雑談をして
いくこととあったので、そうもしている。

アノテ、コノテを考え、はげましも言葉をあれやこれや変えてみたり、
手を変え品を変え・・・・・言葉かけをああしたり、こうしたり、・・・・

それでも、早、3カ月・・・

今日は、どうしても書けずに・・・「忘れ物にする」と言い出した。

一生懸命考えたけど、書けなかった、と言うより、忘れたことにして、
忘れたことに対する叱られの方がまだましってことのよう。

これでいいの?

それじゃいかんちゃないの?

だって、日記以外は、ぜんぶちゃんとできているのに・・・

ちゃんと、書こうとがんばったけど、書けなかったって言えない?

いいの、忘れ物で・・・

と、ここで次男は登校していった。



インド ウツ病ショック療法?記 (2)ゴミ山の前の安宿から
本には書かなかった世界一周ウラ話(71)♪
  ~テーマ別~インド ウツ病ショック療法?記 (2)ゴミ山の前の安宿から
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
  カテゴリー別に入れています)

で、前回から、ウツ病を克服しよう?とインドに行ったときの話。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行ったんです。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、カルチャーショック
で、ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。という背景。


というわけで、第一話は、真夜中のインド到着、

で、第二話は、

(2)ゴミ山の前の安宿”ホワイトパレス”からサダルの安宿”マリアハウス”へ

     (名前はいっちょまえ!ですね・笑)


 翌朝、目が覚めて安宿”ホワイトパレス”の窓から外を覗くと、

いきなりまん前には大きなゴミの山・・。

おー!

これがインド。

そのゴミをあさるのは、大きな、でもやせた牛と、同じくやせたのら犬。

夜中は真っ暗で何も見えなかったけど、ここはちょっとした商店街になってい
ます。


子ども達を起こして街をブラブラ。

リキシャ(自転車の後ろにリヤカー)や車がひっきりなしに通り、ゴミ山の前
にはチャイ屋、つり下げた肉がグロテスクな肉屋やにわとり屋、カボチャの秤
売り、カセットテープ、花、金細工やなどなど。

そうそう、これがインドのパワー!


そのなかで、長男の目に止まったものは、レンガを頭に乗せて運ぶインド人。

「インドの人はスゴイねー。インドの人はよく働くねー」彼はしきりに、感心
していました。


 一旦ホテルへ戻ると、夜中に迎えに来てくれたインド人が、11時ごろサダルスト
リートへ車を出してくれるというので、しばしチャイを飲みながら雑談。


マザーハウスでボランティアしたいこと、

バラナシへ行き、12年前に友達になったフロスカムを探すこと・・・、

子供たちは、ホテルの人にずっと遊んでもらってなかなかいいスタートです。



 午前11時、ホワイトパレスから、コルカタの安宿街サダルストリートへ。


 車窓からコルカタの街を眺めていると、12年前の記憶がむくむく蘇ってきました。

そして、コルカタ(カルカッタ)の変化を感じながら・・。


 12年前・・・

私は、昼間に到着し、1人旅の日本人学生に声をかけて一緒にタクシーに。

そして、今回と同じく”サダルストリート”を目指しましたが、その車窓には瞬き
できないほどカルチャーショックを受けました。

裸足で車を追いかけてくる黄土色に変色したシャツの子ども達、

あちこちに放置されたゴミの山、

道路を横切る牛の群、

交差点は、人も車もバスも牛も犬も人力車も、ごったがえしに突進する、

すざましいクラクションの音。

その学生さんも、私の、しゃべるのを忘れて、窓にへばりついていたんです。

 
でも、12年経った今は、だいぶん違いましたね。


車道には、さすがに牛はおらず(牛は小路においやられ?)、すべてが突進して
いた交差点は、車が”主”になっていました。

そのせいか、クラクションはさらにすざましい。

それにしても、路上にあふれる人、たくさんの露店や屋台、すごいエネルギーは
変わっていませんね~。

今回はカルチャーショックというより、“そうそう、これだ、これだ。この喧騒
に身を置きたかったの・・”というなつかしさと高揚感。


 さて、サダルストリート到着。


ここも前よりはるかに、人通りも屋台も店も客待ちの人力車も物乞いも多くて、
とてもとてもにぎやか。

12年前ここに到着したとき、あまりのカルチャーショックで、すべてが土色に
見えて、ゴーストタウンに見えた日のことが、ウソのようで、可笑しく思い出さ
れました。
 
 あのときはこの通りにあった3件の中級ホテルに満室と断わられ、

まいった・・どうしよう・・

と思っていて、

すると、その様子を見ていたひとりの若いインド人から声をかけられたんですね。


始めは無視してたけど、悪い人ではなさそうだったので、結局彼にまかせて、通り
からちょっと入り込んだ安宿に案内してもらったんです。

それから、彼は食事もおごってくれ、自分の車(今思えばタクシー)で、いろんな
ところを案内してもらいました。

ぜーんぶタダで。

私がお礼をしたいと再三言ったけど、彼は「要らない、要らない」と言い続けまし
たねー。

それで、彼は、最後に、私が持っていた、なんかの粗品の水性ボールペン、が欲し
いと言い、それをあげたっけ。


そんななつかしい思い出がここコルカタ。



 
で、今回は、目指すは安宿”ホテルマリア”。

ここは、私が子連れ旅の参考にした“浪速女さん”のHP「浪速女 天竺に行く」に
出てくるホテル。

ここのドミトリーに泊まろうと決めていました。


”ドミトリー”とは、共同部屋のこと。

国によって男女別もあり、男女一緒もあり、

体育館のように広かったり、

せまい部屋に2段ベッドがぎっしり、だったりと、さまざま。


また、いろんな国のバックパッカーが泊まっているわけで、あたりはずれ?もあ
りますが、個室に泊まるよりもちろん安いし面白いし、友達もできるというわけで
す。

所有できるのはベッド1つだけど、こういう宿は、みんなが集う共同スペースが
あるから、それもいいことですね。

このホテルマリアでの共同スペースは、屋上。

そのかわり、プライベートはないし、トイレ・シャワー共同、いびきがうるさいと
か、電気を消すタイミングが合わないとか、いろいろも。


そのドミトリーに子連れで泊まろうと今回は決心してきたのですが、何といって
も、ちびっこギャング男の子が2人。

周りに迷惑をかけてしまうんじゃないかと心配も
あったのですが、今回は

「ドミトリー プリーズ!」



つづく・・・・

近況:光、イングリッシュを習う!
近況:光、イングリッシュを習う!

住んでいるマンションのとなりのとなりに、アメリカ人と日本人のご夫婦
がいらっしゃるんです。

で、時々、顔を合わすたびに、

子供たちに、英語レッスンしてほしいなあ・・・

と思っていました。

しかし、子供たちはけっこう忙しい。

中2の長男は、朝も夕方も部活で、帰ってくるのは7時半。

小6の次男は、火、木、土はサッカーで、他の日は、友達と遊んで、
帰ってくるのは、7時。

でも最近、金曜日は、早く帰ってきていたんです。あそぶ人がおらんと。

6年生にもなれば、塾に通う子もふえるし、金曜日は仲のいい子が他の
サッカーの練習日なんですね。

次男は塾ぎらい、勉強も好きじゃない。

そんな彼に、英語を習わない?というのを、どう進めるか?????

いい出会いさせたいなああ、と。

このまま、中1になって英語と出会っても、きっと、わけわからない
んじゃなかろうか・・・。

というのは、次男と違い、なんでもとっかかりがいい長男でさえ、
英語にとても興味をもっている長男でさえ、去年中1での英語は、ど
んどん、わからなくなっていってしまったから。

(今は、家庭教師さんが英語が得意の人で、ばっちり!!)


となると、やはり、次男にとっては、今がチャンス。

ある日、ご夫婦そろっていらっしゃるときに、そのことを打診。

アメリカ人のご主人は、英会話学校の先生で、2歳児から教えたことが
あるそう。

そして、本当に偶然、金曜日の夕方があいていると。

光にとっても、となりのとなり、なんで、いつも顔をあわせているし、
ハロー!とか、あいさつしているし、優しそうだし・・、

光にうまーく話してみると、以外にも?、うん!やってみたい!と!

おっ!いい感じ!

といいうわけで、英語コミュニケーションレッスン始めました。
第1回目、とても、たのしかったーと帰ってきましたね。

楽しいのが一番!

子供たちに、楽しい声かけ、肯定の言葉、強制しないはげまし!してい
こうと思います。


テーマ別~インド ウツ病ショック療法?記 (1)真夜中のインド到着
本には書かなかった世界一周ウラ話(70)♪
  ~テーマ別~インド ウツ病ショック療法?記 (1)真夜中のインド到着
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
  カテゴリー別に入れています)

で、今回から、ウツ病を克服しようとインドに行ったときの話。

前回までの”人生を変えた旅”を書きながら、ふと、思い出したんです。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行っているんです。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、なんとかガッツー
ンと殴られて?ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。

ちょっと、笑えるでしょ・・・(?)(でもそのときには必死だった?)


というわけで、第一話

(一)真夜中のインド到着


1月5日、福岡10:10発

ータイペイ経由ーバンコク経由ーコルカタ到着 1/6の深夜0:30分。

日本との時差は3時間半遅れで、日本時間にすると04時。


飛行機の中と、タイでの待ち時間になるべく寝るようにしたものの、
当然ながら子供達は、眠気まなこ。


長男たかゆき(8歳)はとりあえず歩いてくれるが、次男ひかる
(5歳)はまったく起きず、だっこして入国審査の長蛇の列に。

するとそれを見たインド人係員。すぐに「こっちにおいで」と。

やっぱ、子連れは得です(笑)。

で、両替えを済まし、空港内にあるという簡易宿泊所(リタイアリング
ルーム)を探すことに。

しかし探し当てたものの、エアポートマネージャーの承諾が必要と言わ
れ、そのエアポートマネージャーとやらを探しに。

その人はどこにいる?

ー到着のフロアにいる、と言われ、フロアに戻りました。

見渡すと<エアポートマネージャー>という部屋を発見。

ドアの前にはインド人がタムロ。

ドアを開けようとすると、何のようだ?と聞かれ、リタイアリングル
ームに泊まりたい、と。

するとあそこは満室だという返事。

その時、丁度、エアポートマネジャーらしきスーツをまとったインド人
がきて、中に入んなさいと促してくれました。

マネージャーは、子連れの私に心配したのか、すごく親切に対応してく
れるんです。

しかし、本当にリタイアリングルームは空いてない。

で、サダルストリート(コルカタの安宿が集まる場所)の”ホテルマリア”
に行きたいというと、電話をかけてくれました。

(ホテルマリアは共同部屋1泊1人170円)

しかし、日本から調べてきていた電話番号じゃ通じず、わざわざ調べて
もくれました。

しかし、フル(満室)。

(あとで知ったことによると・・・満室ではなく、サダルの安宿は
大抵、夜の11時ごろには安全のため閉まる。だから、もう、閉まって
いたということ。)

もし、これが一人旅なら、さっさとタクシーに乗ってサダルストリート
に行き、別のホテルを探せばいいのだけれど、私には子供達がいる。

(直接サダルに行っても、多くは閉まっている。開いているところは、
割高)

さて、眠くてぐったりしている子供達。

困った顔をしている私に、マネージャーは、空港の近くに自分の知った
ホテルがあるから、とりあえず1泊だけ泊まったらどうか、と提案。

いくらかと聞けば、1部屋50ルピー(1200円)だと。

インドで1200円は高いけど、この時間に迎えにきてくれるのだから
まあ、いっか・・。

了承すると、そのホテルに電話して迎えを頼んでくれました。

しばらく待って、迎えの人が到着。外に出るとあまりの寒さに驚くー。

8度だって。ひゃー。

着いたところはホワイトパレスという名のホテル。

広々、清潔な部屋でした。子供達はバタンキュー。
とにかく今日は親切なマネージャーのおかげで寝場所にありつきました。

(そうそう、この調子!)


つづく・・・・

自由に旅するヒント&グッズ♪~旅の安全1日講座7/4に!~
自由に旅するヒント&グッズ♪~旅の安全1日講座7/4に!~
 
  

つくづく・・・思うのですが、私は、旅の観光地情報に、けっこう
うとい(?笑)

だから、いつも、私の周りには、旅関係の、観光地に詳しい人、航空券
に詳しい人、いろんな人がいてくれます。

そんな私の得意分野は、やはり、安全に自由に旅をするための、工夫や
トラブル回避術や、心構え。

福岡天神のカルチャーセンター「ジュージャ」で、旅の講座をやってい
ます。

じっくり時間がある方は、通常の3カ月コース。

そして、1日コースを不定期に作りまして、前回も好評でした。ぜひ、
興味のある方はご参加ください。入会金不要です。

★旅の安全1日講座★ 次回は、7/4(土)3時から。
   「出発前に知っておきたい!狙われないコツと工夫」


1日コースを始めました。前回4月18日(土)が第一回目。


私より少し上の年齢のステキなご夫婦と、旅を怖いと思ってた、働くお母さん。

すっごい楽しい2時間でしたよ!
私も1日でどこまでできるものかなあ・・・と心配だったのですが、けっこう、
やれるもんですね(笑)

1日だったら、参加もしやすいし、旅に興味ある友人知人も誘いやすいですね!



今までの3か月コースももちろんあります。こっちは、じっくりコースですね。
「見て聞いて楽しむ世界一周と旅の究極のコツ」と
いう、スライドで世界一周を楽しんで、自由旅のテーマ別のコツも習得できる
というもの。


♪1日コース内容はこんなです♪

問合・場所:ジュージャカルチャーセンター福岡天神
〒810-0004 福岡県福岡市中央区渡辺通4丁目1ー36 BiVi福岡3F
TEL:092-715-1122 (代) FAX:092-715-1150
http://www.jeugia.co.jp/new_culture/infodtl/mkinfodtl.cgi?cid=19

参加者がブログに勉強会の様子アップしてくれました↓
http://blogs.yahoo.co.jp/kazahayakai/26109639.html


♪♪7/4(土)15:30~
  1日のみの講座「出発前に知っておきたい!狙われないコツと工夫」開催


残念ながら、日本人は狙われやすいです。また、世界では、日本の何倍も犯罪が
起きています。だからと言って緊張してガチガチになってしまったら旅の楽しみ
は半減してしまいます。

狙われないためにはどうすればいいか、狙われてしまったらどうするか、盗られ
てしまったら・・・と、イザという時あわてずに乗り切る方法やコツを2度の世界一
周、子連れ旅、女一人旅多数の経験の中から具体的に伝授します。

○日本人は世界の人々にどう見られている?
○日本人が狙われる理由?
○狙われない格好とは?
○今からできる貴重品隠しの工夫
○狙われない心構え
○世界のトラブル実例
○旅(トラベル)の語源はトラブル。など
できる限り質問などにもお答えします。

旅の予定がある方、計画中の方、いつか行きたいと考えていらっしゃる方、お1人
でも、お友達といっしょにでも、お気軽にどうぞ。

※入会金不要の1日講座です。海外旅行のご予定がある方は、ぜひご参加下さい♪



近況:疲れが取れない~&感動の長男の運動会♪
近況:疲れが取れない~&感動の長男の運動会♪


この4月から、学校行事や、長男の部活や次男のアッカークラブの試合引率
やらで、週末が疲れて、疲れがとれません・・・。

疲れると、体が、というか、内臓が冷えるのか、急激に、ひどい鼻炎症状が
出ます。

あれ・・・なんか、鼻水が・・・・

と思って薬飲むんですが、だいたい、あれ?と思ってから、グングン、ひど
くなりますね・・・

そして、熱がでます。

そして、今日は熱は下がったけど、どうも、耳にきているよう。

また、耳が中耳炎に何度もなってて、これはいかんです。

安め、安め・・・



ところで、この間の日曜は長男の中学校の運動会で、すごーーく感動しまし
た・・・!

こういう、節目?のときって、子どもを見て、大きくなったなあ、りっぱに
なったなあ、よく育ってくれたなあ、と、がんばっている姿は、感無量です
ね。

感動していると、疲れていることは、つい忘れてしまう・・・

で、あとになって、ガクッくるんです。


実は、運動会の前々日になって突然、「クツが重い」を言い出してですね。

ほんと、実は、重いクツで、(底がブ厚い)(安かったから私が買ったもの)
でも、彼は、長い間、ずっとそれをモンク言わずはいていたんです。

そのクツは、通学靴で、サッカーのときは、スパイクをはくので、通学の時
だけなんやけん、よかろう、と思ってもいました。

でも、スパイクは中学の運動場以外でははけない(はいてはいけない)ので、
例えば、中学校の校庭が使えないときに、公園や小学校でサッカーしたいと
思ったら、その重い通学クツですることになるんです。

だから、このクツは、重くて底が厚すぎて、とは思っていたんです。

でも、まあ、いっか、と。


で、運動会で、200m走と、リレーに出ることに決まって、走ってみたら、
重くて、調子が悪いと。

それで、気持ちよく、新しいクツを、買うことにしました。

でも、心の中では、
「なにも、前日に買わんでも、もっと早くに買って、慣らさんと・・・、
靴擦れするんやない、そしたら、何もならんやん。」

と、チラと・・・。

でも、それらマイナス言葉は、飲み込みました。

結果、彼は、その軽くなった、新しいクツで、実力?を発揮!

200m走では、小6からいつも負けている俊足Yくんを途中、おいつきそ
うに。(結局、2位ではあったけどね)

リレーでは、スタートは3位か4位とで出遅れて・・・・でも、3人か2人
抜いて、1位!(なんと、抜ききったとき、ピースサインした・笑)

うれしそうでしたね~

靴擦れ、しなかったみたいです♪



人生を変えた旅 第9話:家族で世界一周の誤算と奇跡
本には書かなかった世界一周ウラ話(69)♪
  ~テーマ別~人生を変えた旅 第9話:家族で世界一周の誤算と奇跡
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメな
ど)で、つづっています。


で、前回から、人生を変えたターニングポイントになった旅の話。

第1話は私の旅の原点「初の海外旅行、夜のラスベガスで迷子に!」
第2話は「インドで死体チリチリ] 
第3話は「初めて旅をやめたくなった・・・中国」
第4話は、1994年、29歳の世界一周の背景。
第5話は、女29歳、自分探し世界一周:前編
第6話は、女29歳、自分探し世界一周:後編
第7話は、子連れバックパッカーになるきっかけのミャンマー旅
第8話は、家族世界一周への背景、でした。

そして、今回第9話は、その世界一周の奇跡と誤算。

(世界一周の具体的な話は、ブログのカテゴリに順に国別にあります)

(7話以降の、子連れバックパッカー=世界の子ども支援訪問の話は、
また別に訪問施設ごとに書こうとおもっています。


そうこうして、世界一周へ、私たちは旅立ちました。

今、振り返れば・・本当に、よく、1年間、私のカラダもちましたね(笑)

当時は、1か月の中で、1週間は、体が起き上がれないほど、具合が悪か
ったし、鼻炎がすごくひどくなりがちで、熱まで出て、寝込むことも、よ
くあったし、偏頭痛がひどく、かなり強い薬を飲まざるをえず、そして必
ず胃がやられる・・・。

それなのに、世界一周中は、奇跡ですね。

だって、病院に一度もかかってない、鼻炎がほとんどでなかった、風邪も
偏頭痛も一度だけ、熱もない・・・

ぎっくり腰&背中はやっちゃったけど、それも軽かったし・・

ほんと、ようがんばった!




大きな誤算も、ありましたね・・

この間の私が主宰する旅の交流会で、たまたまその話になって、大笑いに
なったのですが・・・

それは・・・

宿探し。

バックパッカーにとって、宿探しって、結構楽しみなんですね。

どんな宿に出逢うか、というのは、どんな人に出逢うかぐらい、楽しみ。

それも、私のように、言葉に自信がないと、宿探し、というきっかけでで、
出逢いってあるからです。

それに、いい宿にめぐりあえると、それだけで、幸せ感じるし(笑)

(いい宿の定義は、人それぞれでしょうが)

とにかく、宿探しは、私のとっては、メインイベントのひとつ、なんです。


なのに、家族旅に、宿探しは、苦労であり、めんどくさいことであり、も
めごとであり、いつもブーイングだったんです!

これは、私にとって、思いがけない、誤算(笑)


子どもが小さいときは、世界一周の前の年(2005年のラオス)までは、

右向け右!

でよかったんです。

でも、小学校5年にもなると、いろんな判断をしだすころで、そういう時
期ということも知らず・・・、パパは、大きな子どもだし、ね(笑)

だから、私が大好きな”宿探し”で、こんなにモメるなんて、本当に、つ
らかった・・。


それと、家族4人のスペース、というのは、結構、びみょー、なもんだな
あと感じましたね。

ひとり旅なら、ほんと、なんでもいいし、ガマンもできるんですが、

4人いると、やっぱ、ある程度、快適な空間ってほしいもんです。

窓がないと、息がつまる感じになったり、はずれの宿になった時には、家族
4人クラーく?なるしね~。

また、2人だったら、宿は探しやすいけど、4人というのは、こっちはよくて
も、普通のツインの部屋には入れてもらえなかったり、入れてもらえても、
足元見られて、別料金取られたり、とか、ありましたね・・


とにかく、宿探しには、いろんな場面、思い出あります。

思い出になったということは、誤算も、よかったということかも、ですね。

今は、その誤算を克服して?、新たに、母子バックパッカーやっています。

この夏は、3人で、ヨルダンへ!

やっぱり、宿探しって、楽しみ~!(笑)



ガンが教えてくれたこと♪~そうなりたい!と思った日~
ガンが教えてくれたこと♪~そうなりたい!と思った日~
 
   

私は自分がガンになったとき、ガンになった知り合いや、重い心臓病で余命
宣告を受けた知り合いの顔を・・思い出していました。

そして、その存在が、私をはげましてくれました。

その中で、今も心臓病と共に生きている人の話。

私の尊敬する人のひとりでもあります。

私がガンになる前、その人の話を聞いて、感動して、泣いたことがあるんで
す。

ある日突然倒れて、家族を呼んでくださいといわれ、自分はガンで助からな
いんだ思ってしまうんですね。

でも、ガンではなく、心臓病で、現代医療では治す方法がないこと、そして、
きびしい生存率を告知されるんです。

でも、死ぬんだと思っていた彼は、まだ生きられる、と喜んだそうです。

それから、彼の、努力と、そして、奇跡が始まりました。

すべてが、病気のおかげでうまくいきはじめたというんです。

だから、ボクは、どんなことがあっても病気を離しません!

病気になったことを感謝しています!

と、そう・・



絶句しました。本当にすごい、と思いました。自分がそうなったら、とても
思えない、と思いました。


その数年後、私がガンになったとき、私の脳裏には、いつも、その彼の言葉
があったんですね。

だから、救われた。

そして、私も、ガンになってよかった、ガンになったことに感謝している、
ガンを離さない、

そうなりたい!、

そう言えるようになりたい!

と思っていました。

そして、今、本当に、そうなれた。

私も、ガンにならない人生があったとしても、私はガンになる人生を選ぶ、

そう思っています。

昨日、その彼に偶然会ったので、ふと・・・これらのめぐり合わせを思い
出しました。


近況:毎日1時間♪
近況:毎日1時間♪

車の運転練習、続けています♪

毎日、1時間ぐらい。

まだ、こわいというか、ドキドキしてます。

最初は、右折がこわくて、左折でいけるところばかり走っていましたが、

それより今は、車線変更の方が、こわいことに気づきました(笑)

特に、左側に行くときなんか・・・

なんか、あせっちゃいます。

18歳で免許取って、しばらくは運転していたので、そのころを思い出すと、
私って、性格かなり慎重になっているなあ・・・なんて思いました。

トシのせいですかね~(笑)

まあ、毎日、乗っていれば、いつか、上手になるでしょ!


・・・・とメルマガ発行して、その後、急に、鼻炎が、それも、久々にはげ
しいのに、なっていきました・・・

熱も出てきて、薬をのんでも、鼻水がとまりません・・・

こんなにひどいの、ひさしぶり・・です・・・ああ




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。