小学生世界一周日記~ボクたちは今世界一周中!~
2006年4/10~翌07年3/30 家族4人で世界一周、4人総費用500万円。当時たか10歳ひか8歳パパ47歳ママ41歳。米→中南米→アフリカ→中東アジア。左下カテゴリーが訪問国別!自らのガンと子育てから学んだアレコレの3本柱♪


プロフィール

たかひかぱぱまま

Author:たかひかぱぱまま

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●このブログは、家族で世界一周、
2006年4月出発、ぶじ、2007年3月
末、帰国。長男たか10歳(小5)
→11歳、次男ひか8歳(小3)→9歳、
パパ48歳、ママ42歳。子供達は、
学校の理解をいただいて1年お休み、
パパママは、自営の経営コンサル業
を休眠。人生は一度!念願の世界一
周した記録です。帰国後もいろいろ
あります。感謝!グラシアス!
オブリガード!サンキュー!

●お母さん(久米美都子)元祖HP
(1994年に行った女1人世界一周&
子連れバックパッカーの記録等)
または「女ひとりの世界一周」検索
でも一発で出ます。

●世界一周中、世界から日本に送った
ライブ版エッセイ
「家族で世界一周旅便り」
こちら!よろしくです!



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地方出版文化奨励賞!受賞理由が・・
地方出版文化奨励賞!受賞のことが、HPに紹介されました!!

http://www.bookin-tottori.co.jp/16.html

受賞理由が載っているんですが・・・すごーく、うれしく思いました!
(抜粋)

●受賞理由

家族4人で1年間にわたる海外バックパッカー旅行を行ったことを小学生(当時)が記録し、それをお母さんが編集した本である。

と聞くと多くの方があまりできの良くない自費出版本を思われるかもしれないが、見事に裏切られる。

有名な観光地に行ってもそこで書かれる内容は観光地そのものではなくて、そこでお金を稼ぐ子どもに多くさかれたりして、子どもの視点のおもしろさが伝わる。

また、感謝・感動・出会い・親切・優しさ・恐怖・疲れ、海外で活躍する日本人への驚きとうれしさなどが素直に綴られている。

余りメジャーではない国(だから結構危険な国も含め)を家族の協力で巡っていくその楽しさや大変さが素直に伝わってくる、読みやすく、楽しい本である。

いろいろな意味で元気づけられる本でもある。

多くの子どもたちが(大人もですが)この本を読んで自分の殻を破るよすがにして欲しい。

また、経費や交通手段、注意すべきことなどバックパッカー初心者の入門としても楽しめる。

なお、1年間の旅行を許可・支持した学校・教育委員会など関係者にも敬意を表する。

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2009年夏♪ヨルダン報告(3)難民支援の現場~心を癒すプログラム~
2009年夏♪ヨルダン報告(3)難民支援の現場~心を癒すプログラム~
zarukashinri


さて、前回は、アンマンにつくまでの長い道のり、の話を書きましたが、この
ヨルダン旅は、日記形式ではなく、事柄別に分けて、難民支援、ペトラ、死海、
アンマン、安宿コーダホテル、ラマダン・・・、

という感じで、つづっていこうと思います。

で、今回、私が一番感動したのは、この難民支援の現場でした。

(社団法人 日本国際民間協力会NICCO
http://www.kyoto-nicco.org/project/jordan/cat64/post.html)


本当に、この、出逢いに、感謝、感激です。

これだ!と思いました。

心を癒すプロジェクト・・・

自分の国(イラク)を追われた人の傷を癒す・・・

戦争、誘拐、子供たちが、背負った傷・・・


すごく難しいことですよね・・
目に見えない、からですね・・・

だから、どんなことをするのか、
どうしたら、傷を癒すことができるのだろうと・・・

思っていたんです。


どんなことをすると思いますか?

参加者は、難民が集まる居住区に呼びかけてきてもらった10代の子供
たち。

最初の日に、専門的、精神医療的、心理アンケートに答えてもらいます。



その中で、テーマに基づいた絵を書いてもらいます。

このときは「木」の絵でした。

この、「木」の大きさ、木を書く位置、色、すべて、意味があるのです。

これが、3か月のプログラムの初日です。

この「木」の絵が、3カ月後、プログラムが終わるときには、変わって
くるんだそうです。



そして、あとは、突然の部外者の私たちも一緒に囲んでもらって、自己
紹介しあって、歌を歌ったり、踊ったり・・・。
zarukauta


一見、小さい子に、そう、未就学児にするような、遊びだったりするのです。

だから、息子たちには、ちょっと、ノりきれない感じがする遊び。

でも、みんなは、とても楽しそうにしてる・・・。


他にも、絵本プロジェクトにも参加させてもらいました。

みんながそれぞれ絵を描き、それを元に1冊の絵本をつくる、というもの。

niccoehon


絵を描く、自分の心を描く、自由に描く・・・

何を書いてもいいんだよ

自由に書いていいんだよ。

何枚でも書いていいんだよ・・

子供たちは、真っ白い画用紙に、絵を描き、色をぬり、または、手紙を書いたり・・。



それに対応するスタッフの方の対応を見ながら。。。。私は思いました。
niccosutaffu



一番大切なのは・・、

聞いてあげること

丸ごと、耳を傾けてあげること。

心から、愛情を持って聞いてあげること。

そして、もう、恐れないでいい場を提供してあげること。

なんでも話していいんだよ、と笑顔で受け入れてあげる。

そんな気がしました。


そういう、恐怖や、悲しみや、苦しみや、ぜんぶ、

共有してあげるんですね。

わからなくても、想像して、苦しかったね、大変だったねと、共感して
あげるんですね・・・

親でも兄弟でもないけど、そんな無償の愛情を、かけてあげる。



傷を癒す、とは、それが、第一歩なんじゃないかな、そう思えました。


ひとりの14歳の男の子、つい最近、イラクから逃れてきたこの子が
書いた絵があります。

ブログでぜひ、みてください。

上半分が、イラクでの世界

下半分が、彼の理想の世界

(クリックすると大きくなります)

irakue


(つづく)


インド ウツ病ショック療法?記 (12)「フロスカムとの奇跡の再会」
本には書かなかった世界一周ウラ話(82)♪~テーマ別~
   インド ウツ病ショック療法?記 (12)「フロスカムとの奇跡の再会」
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
  カテゴリー別に入れています)

で、今は、ウツ病を克服しよう?とインドに行ったときの話。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行ってるんですよ。変わっている
でしょ(笑)?。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、カルチャーショック
で、ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。という背景。



というわけで、

第一話「真夜中のインド到着」

第二話「ゴミ山の前の安宿”ホワイトパレス”からサダルの安宿”
                         マリアハウス”へ」
第三話「ドミですっごい偶然!」

第四話「子連れはボランティアお断り!?」

第五話「障害児の施設 ダヤダン」

第六話「ダヤダンの子供たちに寄り添いながら・・・」

第七話「友人フロスカムをどうやって探す?」

第八話「バラナシ”歯赤”客引きとの闘い?」

第九話、「プジャゲストハウスは一体どこ?」

第十話、「急激に、やる気ダウン・・・」

第11話「行動すれば次の現実・・」

そして、第12話「フロスカムとの奇跡の再会」


で、サイクルリキシャ男が連れて行ったところは、駅。

男は、

「彼はここにいる」と。


 駅に着くと、また客引き達に囲まれ、フロスカムの写真を見てわんやわんや。

その中で、ひとりの男が
「おれにまかしとけ!」

っていう感じで、フロスカムの写真を持って、向こうに行ってしまいました。

 駄目もと、駄目もと・・。

 私は心を落ち着け、待つこと数分。

向こうから、おーい、と呼ぶ声が・・。



フロスカム!?

本当に、フロスカムです!

12年経って、ちょっと太ったけど、

顔はそのまんま。変わってない!

うっわー、逢えました!


神様が味方してくれたのでしょうね・・・つくづく思います。

うつ病でやる気が出ない私を、今朝未明、夢の中で?叱咤激励してくれたのは、
神様だったのですね・・・。


とにかく最初の一歩を踏み出したことで、私はフロスカムとの再会を果たすことが
できました。

 さて、フロスカムは、なんと、サイクルリキシャからオートリキシャ(バイクの
リキシャ)に出世?していました。

家も引っ越して広くなってて、3人の子供達のおとうさんに。


私たちは時間の許す限り、フロスカム家の屋上で、フロスカムの子供やいとこや、
奥さんやおかあさんや妹夫婦やその子供達やら、近所の子供?やらみんなで、

フロスカム家のカレーをいただき、ひなたぼっこしながら、楽しく過ごしたのでし
た。

おまけですが・・・

フロスカムの3番目の子供、まだ赤ちゃんですが・・・
手の指が、6本!あったんです。

親指のところに、もうひとつ指があるんです。

ちゃんと、爪もあるんです。

実は、これ、インドでは、いいこと。神の手、なんですよ!

(まだまだインドはつづく)



近況:たとえ命が縮んでも・・・
近況:たとえ命が縮んでも・・・


この連休の最初・・の・・土日・・・・

いやいや、その2日前から・・

仕事以外でもパソコンとにらめっこ、そして、土日のハードな2日間を乗り切
って、案の定、予想通り、ダウンしていました。

仕事以外で、メルマガも書いてないのに、パソコンとにらめっこというのは、

私は今、次男のサッカークラブ(クラブチームではなく保護者運営)で、運営
役員をやっていて、

40人弱の1年生からの6年まで、2チームの連絡係りで、

練習の当番割り振り、試合の出欠、試合会場までの段取り、一手にやっていて、
(メールにて)土曜日の試合に向けて、いつものように、数日前から、出欠を
取り、引率できる人はいませんかと呼びかけ、たり・・。

そして、いつものように、返事をくれるのは、わずかで・・・。

だから、返事の催促、引率の確認、質問への返事、また、確認。。。

そして、翌日曜日は長男の中学の試合。

これも、長男がキャプテンになったことで、自動的に私が保護者代表になり、
引継ぎを追えて、新体制になったばかり。

数日前の保護者会で決まったこと、決めなければいけないこと、その連絡等
をメールでする体制。

だから、まさに、試や連絡ごとが重なると、パソコンとにらめっこになるわ
けです。

さらに、その金曜日。

小学生サッカークラブは、複数の小学校の子供たちが入っているわけですが、
そのひとつの学校の学級閉鎖。木曜日の練習まで元気だった子が、金曜にな
り、インフルエンザが2人、発生。しかも、翌朝(試合当日)さらに、
プラス3人発症で、計5人が欠席になり・・。

子供がインフルエンザになるということは、自動的に、その保護者も動けなく
なって、せっかく段取りつけていた引率予定の人も、いけなくなるわけです。

この状況で、試合に行っていいものか?
監督判断を仰いだり・・・

しかも、そんなおり、中学の先生から連絡、土曜日の練習の変更・・

ああ、そっちも、連絡しなきゃ・・・

ああ、こっちも、なんとか、しなきゃ・・

ってなわけで、バタバタ・・・。

そして、土日、引率も、試合当番も・・・

おまけに、急な仕事が2件入って、てんてこまい・・。

翌朝の月曜日、予想通り、鼻炎がとまらなくなり・・・熱が出てダウン。

私の鼻炎は、アレルギー物質に反応、というより、疲労のために内臓が冷え
て(胃腸肝臓腎臓は冷えると機能が低下する)、

水毒状態、於血状態が、ひどくなりと、鼻炎となるんです。

(私の不調体質の原因、ガンになった原因のひとつ)

でも・・・

でも、ですね。本当は、覚悟してやっているんです。

もしも寿命が短くなっても、私はやるんです。子供たちに関することだけは、
とにかく、やる!

長男が、以前、キャプテンになる前・・・私にこう言ったんです。

「お母さん、ボク、キャプテンの話があるけど・・・

キャプテンのお母さんは、大変だから・・・

キャプテンにならんように、しようと思っている・・」

って。

涙が出ました・・・

ごめんね、心配かけて・・・大丈夫、がんばるから・・・安心して、キャプテ
ンやってみて。

そうやった、私は、そうやったんです・・思い出しました。

ホント、覚悟が足りない、ですね・・。

体調が悪いからって、休めないんです。体調が悪いのは子供たちのせいではない
んです。今は、ほんとうに、大切な、大切な時期。

今、やれることを精一杯やるんです。

でも、覚悟していたはずなのに、今回、体調悪いとき、ものすごくイライラして
しまってた・・・

反省。あらためて、覚悟・・。






インド ウツ病ショック療法?記 (11)「行動すれば次の現実・・」
本には書かなかった世界一周ウラ話(81)♪~テーマ別~
   インド ウツ病ショック療法?記 (11)「行動すれば次の現実・・」
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
  カテゴリー別に入れています)

で、今は、ウツ病を克服しよう?とインドに行ったときの話。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行ってるんですよ。変わっている
でしょ(笑)?。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、カルチャーショック
で、ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。という背景。



というわけで、

第一話「真夜中のインド到着」

第二話「ゴミ山の前の安宿”ホワイトパレス”からサダルの安宿”
                         マリアハウス”へ」
第三話「ドミですっごい偶然!」

第四話「子連れはボランティアお断り!?」

第五話「障害児の施設 ダヤダン」

第六話「ダヤダンの子供たちに寄り添いながら・・・」

第七話「友人フロスカムをどうやって探す?」

第八話「バラナシ”歯赤”客引きとの闘い?」

第九話、「プジャゲストハウスは一体どこ?」

第十話、「急激に、やる気ダウン・・・」

で今回11話「行動すれば次の現実・・」


とにかく、がんばって、インドの喧騒に身をゆだねて?、がんばっていたの
ですが・・・

なぜか、急に、気持ちが、なえてきてしまい、やる気がなくなって、
(まあ、ウツ病ですからね~)

どうせ、見つかりっこない、

どうせ、会えない

どうせ・・・・

状態に陥ってしまいました。



そして・・・・
 
その日、バラナシを夕方発つという日の・・・朝4時・・・

目がはっと覚めたんです。天から?の声で・・・


フロスカムを探してない!

探そうともしていないじゃないか!

何のためにこの町へきたの!

そうよ!フロスカムを探さなきゃ!

という声。

急に頭の中の霧が、吹き飛ばされた気がしました。

それからなんだか興奮して、眠れないまま、どうやって探すか、あれやこれや
と考えて始めました。


そう、具体的に、何をするか・・・


手がかりは、英語で書かれた12年前の住所と、彼と一緒に写った写真。

英語で書いてもらったことを、悔やんでいました。

この住所がせめて、ビンズー語なら、そこらへんの人に聞いてわかるかもしれ
ないが・・・

インドでは、フロスカムはもちろん、英語は多少しゃべれても読み書きできる
人は多くはない。

郵便局にでも行って訊ねようか・・。



いやいや、そんな正攻法?じゃなくて・・・

そう、インド人は仕事を変えないというから、サイクルリキシャ(自転車に荷
台つけたやつ)の運転手で、フロスカムと同じ”イスラム教徒”の人を探して
・・・

とりあえず”イスラム人居住区”に連れて行ってもらい、あとは写真で探すか
・・。

(インド人の多くはヒンズー教徒。イスラム人は、イスラム人で居住区に集ま
っている)


が・・・なにしろ12年も経っているわけで、引っ越ししている可能性高いん
じゃ・・・。

うーーーん。

頭で考えていてもしょうがない。

とにかく、今日は朝から彼を探すんだ!

あたってくだけろ!だっ。


 その朝、子供達が起きると、

「今日はフロスカム探しにいくからね!いっぱい歩かなきゃいかんかもしれ
んけど、がんばろうね!」

と宣言し、早々に荷物をまとめてチェックアウトし、荷物は預かってもらい、
いざ、スタート!

(余談ですが・・・このころは、子供たちも文句言わずに、右向けば右!の
号令ができたんだなあ・・・・となつかしい)




 大通りに出て、サイクルリキシャの人に

「あなたはヒンズー教徒か?イスラム教徒か?」と聞くんだ!と、

意気込んでいたのですが、

大通りに出るや否や、やっぱり何人もの客引きに、どこに行くんだ、おれのに
乗らないか!と囲まれ、アーダコーダと行く手を阻まれて、進めない状態。


 こういう旅行客にたかるリキシャの客引きじゃなくて、もっと誠実?そーな
リキシャのドライバーはおらんか・・・と、きょろきょろ。

きょろきょろしてると、また客引きが寄ってくる。


そんな私の目に止まったひとりの男。そう、普通っぽい男・・

よし!この人に聞こう!そして・・・

「あなたはビンズーか、イスラムか・・・」


考えてみれば、いきなり、外国人から、宗教を聞かれて、驚きますよねーははは。

 私の問いに男は、キョトンとしながらも、何度も聞くと、

「ムスリム(イスラム教徒)だ」

と。

やったー!私のカンもなかなか冴えている!?

と思ったら、次の瞬間、また客引きたちが集まってきて、おれのリキシャに!と
わんやわんや。


 ムスリムと答えた男に、彼を知らないか?とフロスカムの写真を見せてみました。

すると、大勢の客引きたちも見せろ見せろと、もう、もみくちゃ。そして、

「おー!知ってる、知ってる!」

「フローだ。なんとかかんとかのフローだろ」

「おれも知ってる。これはフローだ」

「おれも・・」「おれも・・・」

とみんなして、知っていそうなことを叫ぶわけです。

何人かが「フロー」と口にしていました。フロスカムとフロー、本当に同一人物か
どうか?・・・

男達の様子をしばし見て、その中で、信用できそうな?男を選んで、サイクルリキ
シャに乗ることに。

さて、どこへ連れて行かれるのか!!



つづく・・・



2009年夏♪ヨルダン報告(2)難民支援の現場へザルカ市へ
2009年夏♪ヨルダン報告(2)難民支援の現場へザルカ市へ


さて、前回は、アンマンにつくまでの長い道のり、の話を書きましたが、この
ヨルダン旅は、日記形式ではなく、事柄別に分けて、難民支援、ペトラ、死海、
アンマン、安宿コーダホテル、ラマダン・・・、

という感じで、つづっていこうと思います。


難民支援、ストリートチルドレン支援、発展途上国の子供支援・・・

それが、私の、一番の、やりたいことです。

でも、現実問題、私は、ふたりの子供たちの母親なんで、現地に住んで活動に
参加することは、あと数年はできないですね。

だから、勉強させてもらっています。


ヨルダンに行くと決めた時、まず私は、ヨルダンで難民支援をしている
団体をネットで探しました。

現場を訪問したい、その思い一心でした。

実は、ヨルダンという国は、イスラエルとイラクにはさまれていて、だから、
パレスチナ難民、イラク難民・・・その他、チェチェン難民、アルメニア難民
・・・・たくさんの難民がきているんです。



今までも、ずうずうしくも、こうしてネットという手段で、そういう活動してい
る団体に、連絡をとったり、突然訪問したり(ミヤンマー難民支援のデイジーさ
んのところや、メキシコのフライトルメンタのところなど)・・・。



今回、京都のNICCOという団体のHPに出会い、これは・・・!
http://www.kyoto-nicco.org/project/jordan/cat64/post.html
(社団法人 日本国際民間協力会NICCO)
と思いました。

イラク難民の人たちの、精神的な支援を行っているのです。一番難しい、精神的な
ケアを。


訪問させていただけることになったときは、よっしゃ!とめちゃめちゃうれしかっ
たです!

というわけで・・・

ヨルダンにきて、まず一番に行った遠出は、その活動の拠点がある”ザルカ”とい
う市です。

ザルカは、アンマンの隣の市みたいな感じですが、けっこう広く、ガイドブックに
行き方も、バスのことも載っていないような、ところです。

観光地ではないところは、載っていないんですね~


また、ザルカ市は生活水準が低く、貧困地区に指定されており、イラク避難民も多
く暮らしているところです。




で、宿をしきっている(宿のことはまた話しますね)ロアイにバスのことを聞くと、

「ザルカ~ なんでそんなところにいくの~」

って、とっても不思議そうに聞かれました。説明しても、不思議そうでした・・。

彼のホテルマンとしての人生に、行く人いなかったんでしょうね(笑)

1時間もかからない距離だから、タクシーを薦められたけど、いやいや、絶対、
路線バスですよおお。

というわけで、ダウンタウンから、その方面行きのバスターミナルへ行き、
ザルカ行きバスにのり、ザルカのターミナルから、タクシーで、目印のところ
まで行って、そっから、歩いて探しました。

観光地でない、旅人が行かない、ザルカ!いいとこでしたよ~


とにかく、なんでも、アンマンより安い!

水もコーラも、ファラフィルサンド

(ひよこ豆?をつぶして丸めてあげたコロッケみたいなのと、たっぷり野菜サ
ラダもいれ、クリームチーズや好みで辛いチリなんかも、好みでトッピングし
たり・・・)

で、

これが、おそらく、ヨルダンで一番、うまかった、といえるぐらい、おいしか
った~

ちなみに、パンはピタパンではなく、コッペパンというか、ソフトフランスパ
ンっぽい感じ。

けっこう、ボリュームあって、中身もいっぱいはさんで、1個30円ぐらい。

コーラ3本、ファラフィルサンド3個食べて、200円ぐらいやったんで。

あんまりおいしくて、写真撮るの忘れました・・・・。


ファラフィルサンドは、エジプトや、イスラエルや、他の国でも食べたことあ
るんですが、いやーかなり、おいしかったです。


で、すっかり、気をよくして、NICCO事務所を探し始めると、

実は、迷っていたら・・・

道端の人たちが、あっち、あっちだよ~、と教えてくれました。


なんで聞いてないのに、私たちがそこに行こうとしたのがわかるのよ、って
思うでしょ。

現地の人は、NICCOの活動を、知っていて、私たちを見て日本人だから、
きっとそうだろうと、教えてくれたわけです。

ちなみに、普通に、アンマンなどを歩いていると、7割がた、チーナ、とか
ニイハオ!とか声がかかります。中国人と思われているわけですね。

というわけで、私たちは、NICCOの門をくぐりました!

(つづく)

近況:45歳のマイバースディ

近況:45歳のマイバースディ
45sai

先日、9月10日、私の、45歳のたんじょーびでした♪

私は、毎年、誕生日近くになると、「ねえねえもうすぐおかーさんの誕生日よ~」
としつこく言い始めます。

だまっていればいいものを・・・つい、宣伝してしまいます。

だって、本当に、当日に、だれも、覚えてくれていなかったら、さみしいからで
す。

唯一、宣伝しなかったのが、2年前、43歳の誕生日、ですね~。

ガンになった誕生日です。

ガン告知されたのが、9月5日。

それから、いろんな検査をやって・・・

今のところはどこにも転移はない、と言われたのが、9月10日の誕生日。

劇的でしょ?

だから、その意味でも、忘れられない日になりました。だって、その日から
私は、人生を変えることができたから。


そんな今年、パパが、私が今ハマッている赤ワインを買ってきてくれました。

また、誕生日当日はいないので、メールで動画レターをくれました。

そして、驚きが・・・

次男。

なんと、その日、サッカー練習日で、夜7時すぎても帰ってこないので、
おそいなあ~と思っていたら、

なんと、花束を抱えて、帰ってきたんです。

バラの花束を・・・・

そして、もうひとつ、小さなガラスのコップに入った、かわいいサボテン

うっそー?

これ夢?

まじ?
45pure

bara

今年の母の日は、長男からプレゼント、コーヒーカップ、貰ったし、

誕生日は、次男から。

こんな幸せな誕生日、45年間のうちで一番かも・・ああ、生きててよかった~

いつ、死んでも、悔いはないよ。


2009年夏♪ヨルダン報告(1)アンマンまでの長~い時間
2009年夏♪ヨルダン報告(1)アンマンまでの長~い時間


いやいや、ヨルダンでとにかく暑かったんで、カラッカラに干からびたんで、
日本が涼しく思えています(笑)。


帰国後、あんまり、忙しかったんで、ヨルダンでの日々が、はるか昔に思え
てくるぐらいですが・・・

日をおって、いや、思い出しながら・・・ご報告


まず、飛行機は、カタール航空を利用で、ドーハ経由アンマン行き。

エミレイツ航空(ドバイ経由)の方が乗り継ぎいいんだけど、カタール航空は、
福岡ー関空も込み込み、なんで、

ドーハでの、乗り継ぎが、たとえ、7時間待ち!でも、安いがいい




まずは、運がいい!スタート。

福岡発、関空行きが、1時間遅れると・・。

でも私たちは、関空でも、5時間待ち、なんで、1時間遅れても、どってこと
ないですよね。

便は、カタール航空と全日空の共同運航なんですが、1時間遅れで、なんと、
ひとり1000円分のミールクーポンがもらえまして・・・。

子供たちは、大喜び!

関空について、夕ゴハン食べてと思っていましたが、福岡空港内で、うどんやカレ
ー食べて、私はビール♪、子供たちはソフトクリームも。

それでも、1000円あまって、子供たちは、使っていいっちゃろ?、と目を
キラキラ~!

売店で、ハイチュウやらお菓子を、1000円に限りなく近くなるよーに考えて、
しっかり、買い込んで、もう、笑顔、笑顔。

(普段、こういう場所では必要以外のものは絶対買わないので、大喜び♪)




そして、いざ、関空へ。

関空ードーハは、まあ、時間通り。

で、たいくつな、ドーハでの待ち時間。

もちろん、7時間半待ちですから、外に出てもいいんですが、

ドーハに着いたのが、現地時間05:45分、早朝なんです。

といっても、時差が6時間で、日本時間は昼前11:45分なわけで、眠くはないし。


さてここは、気温45度ぐらいにはなる、サバクの暑い国。これは、主宰している
「旅の茶話会」のメンバーで、カタール航空のトルコ行きを利用して、やはり、同
じ長い待ち時間を経験した人から、情報をもらっていました。

彼らは、夕方着、夜中に発だったので、ドーハの町に出たんですね。

で、とにかく、夕方からの国、日没後から元気になる国なんだそうで、とっても面白
かったと。でも、午前中は、店、まだ開いてない、って言ってましたよ、と。


そりゃそうですね~、太陽が出たら暑いから、沈んでからが、活動時間。

ということは、私たちのような、早朝着いて、昼には出発する人には、外に出ても
暑いだけ~?。

だから、待つことにしました。

で、このドーハ空港。

キレイではあるけど、こじんまりしていて、免税店も小さいし、イスがたくさーん
あるけど、そのイスに肘掛あるタイプで、ごろん、できない。

イスラムの国なんで、モスクがあってお祈りできるよーになっていて、(人が寝て
いることも)

その横には、クワイエット・ルームという、リクライニングシートで寝る部屋があ
るけど、それも、せまくて・・・空いてなかったですね。

エミレイツでの乗換えで、隣のドバイで待ったときは、床に寝ていた人も(床に寝た
ほうがラク)いたけど、ドーハでは、いなかったし。

もーーーーひまーーーーー

で、もらっていた情報の、食事券が配られる、というのを、聞いていたから、

職員の人に聞いて、クーポンをゲット。

クーポンで食べられる朝食は・・・・うーーん、あまりおいしくはなかったけど、
タダめしだから、すばらしい。

そのあとは、子供たちは、日本から持ってきたゲーム機(今回はこの待ち時間のた
めに、特別持ってきた)で、いやというほど遊び、

私は、コンセント見つけて、水汲んできて、世界対応ポットで、湯をわかし、
コーヒーのんだり、紅茶のんだり、じっくり本も読んだし、・・・

ポットで、湯をわかす人は、いませんでしたね~ははは。

ということで、アンマンに到着するまで、1円もお金使わずに済みました(笑)。

まあ、覚悟していれば、7時間も、なんとか、なります(笑)



(つづく)


地方出版文化奨励賞
地方出版文化奨励賞を頂きました♪

「それゆけ小学生!ボクたちの世界一周」の本が、地方出版文化奨励賞という
賞をいただきまして、

でも、ネット検索で、出てこないよーーーと思っていたら、

出版社さんが、頁作ってくれました。

♪出版社の石風社さんのHP
http://www.sekifusha.com/index.php?itemid=194

授賞式は10月にあるんで、子供たちと共に鳥取に行く予定です。

ついでに?、鳥取砂丘へ~レッツゴー♪


インド ウツ病ショック療法?記 (10)「急激に、やる気ダウン・・・」
本には書かなかった世界一周ウラ話(80)♪~テーマ別~
   インド ウツ病ショック療法?記 (10)「急激に、やる気ダウン・・・」
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
  カテゴリー別に入れています)

で、今は、ウツ病を克服しよう?とインドに行ったときの話。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行ってるんですよ。変わっている
でしょ(笑)?。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、カルチャーショック
で、ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。という背景。



というわけで、

第一話「真夜中のインド到着」

第二話「ゴミ山の前の安宿”ホワイトパレス”からサダルの安宿”
                         マリアハウス”へ」
第三話「ドミですっごい偶然!」

第四話「子連れはボランティアお断り!?」

第五話「障害児の施設 ダヤダン」

第六話「ダヤダンの子供たちに寄り添いながら・・・」

第七話「友人フロスカムをどうやって探す?」

第八話「バラナシ”歯赤”客引きとの闘い?」

第九話、「プジャゲストハウスは一体どこ?」

で今回は、第十話、「急激に、やる気ダウン・・・」


というわけで、客引きと戦って、戦って、目指したプジャゲストハウスに
たどり着けました。


プジャゲストハウスは、1泊ダブルルームで150ルピー(360円)。

眺めが良いと聞いていたとおり、屋上レストランは、ガンガーが見渡せて
最高です。戦った甲斐、ありました!
 
 
このホテルで私たちに声をかけてきたインド人がいました。

「コンニチハ ニホンジン デスネー。ヨウコソ バラナシヘ」

ぎょ!日本語しゃべってるー!と思っていると、

「アナタ フタリモ コドモ ツレテ・・タイヘン デショー」
と。

日本語上手ねーと一応感心して相手すると、その男は続けて

「アリガトネ。ワタシハ 大丈夫ダケド、他ノ日本語シャベル インド人ニハ 
キヲツケテ クダサイネー」

と自分を棚に上げて言う。


「ソレカラ 日没後ハ 危険デス。アナタハ トクニ 子供ト一緒ダカラ 危ナイ
 デス」


「ソレカラ リキシャニ 乗ルト思ウケド、ドライバート ナカヨクナッテ 家ニ
 行ッタリシチャダメデス。イロイロ 被害出テマス。リキシャハ 用ガアル時ダ
 ケ。明ルイ時間ダケネ。後ハ、バイバイね。」

「私ガ コノ近クノ 見所、教エテ アゲマス。」

「オミヤゲ 買ウナラ、オ店 紹介シマスヨ」

まあ、よく聞きもしないのに、しゃべるしゃべる・・・

一体何者かと訊ねたところ、このホテルのオーナーの甥だと。


 その(そいつが言う)キケンなリキシャの運転手、フロスカムと、私は、12年前
友達になって、

今回彼を探すためにここバラナシへ来たとは・・とても言えない、笑。


 それより、このホテルの男の話を聞いたせいで、私の中には、妙な恐怖心に似た
ような、いや、倦怠感かなあ・・・が、生まれてきたんです。



同時に、この広いバラナシで、言葉も通じないのに、ゴマンといるリキシャの人の
中から・・・

たった一人の人間を探しだすなんて、はなはだ無理なことに思えてきました。

トライする前にあきらめる、やる気喪失、疲労倦怠感、心配不安感・・。

ウツ症状の中にどっぷりつかり、心が萎えていくのを感じました。
 


翌日はガンガーに出て、しつこい土産物売りの子供につきまとわれながら、

聖なる川に身を浸し祈るインド人の姿を見、

マニカルニカーガートでは、あからさまにチリチリ焼かれる死体に手を合わせ、

シヴァ神の聖地ヴィシュワナート寺院やネパール寺院に行き、

迷路のようなチョーク(旧市街)の中を、牛やぎと前後しながらウロウロし
て・・。


・・一体、何やってんだ・・・

・・何のために、ここに来たのよ・・


もう一人の私がそう叫んでいました。


明日は、夕方の列車で、コルカタに戻らなくてはならないのに・・・

探したい・・・

フロスカムに会いたい・・・




しかし、どうやって探したらいいのだろう?


時間はあっと言う間に過ぎ、バラナシ2日めも終了。


つづく・・・


地方出版文化奨励賞を頂きました♪
地方出版文化奨励賞を頂きました♪

「それゆけ小学生!ボクたちの世界一周」の本が、地方出版文化奨励賞という
賞をいただきました。

♪出版社の石風社さんのHPに
http://www.sekifusha.com/index.php?itemid=194

授賞式は10月にあるんで、子供たちと共に鳥取に行く予定です。

ついでに?、鳥取砂丘へ~♪

近況:長男がキャプテンに!
近況:長男がキャプテンに!

やっと子供たち学校はじまりました(ほっ)

夏休みはホント、タイヘンで、学校が普通にあることは、有難いことです・・。

そして、長男は、サッカー部のキャプテンに選ばれました。

うれしいですね~

まあ、でも、うれしいけど、タイヘンなんです・・
中学は、キャプテンのお母さん、イコール、保護者代表になるので、

顧問の先生と連絡を取り合い、保護者への連絡事項のパイプ役で、、保護者会
の開催、試合時の連絡や、引率の段取り、部費の徴収や管理、卒業生へのお別
れ会の開催等々・・・


それに、今、小6の次男のサッカー(次男は副キャプテン)クラブでも、
連絡係で、やはり、チームの連絡や試合への段取りをやっているんで、

うーーーー


でも、できないことはない!と自分をはげまして、がんばります!






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