小学生世界一周日記~ボクたちは今世界一周中!~
2006年4/10~翌07年3/30 家族4人で世界一周、4人総費用500万円。当時たか10歳ひか8歳パパ47歳ママ41歳。米→中南米→アフリカ→中東アジア。左下カテゴリーが訪問国別!自らのガンと子育てから学んだアレコレの3本柱♪


プロフィール

たかひかぱぱまま

Author:たかひかぱぱまま

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●このブログは、家族で世界一周、
2006年4月出発、ぶじ、2007年3月
末、帰国。長男たか10歳(小5)
→11歳、次男ひか8歳(小3)→9歳、
パパ48歳、ママ42歳。子供達は、
学校の理解をいただいて1年お休み、
パパママは、自営の経営コンサル業
を休眠。人生は一度!念願の世界一
周した記録です。帰国後もいろいろ
あります。感謝!グラシアス!
オブリガード!サンキュー!

●お母さん(久米美都子)元祖HP
(1994年に行った女1人世界一周&
子連れバックパッカーの記録等)
または「女ひとりの世界一周」検索
でも一発で出ます。

●世界一周中、世界から日本に送った
ライブ版エッセイ
「家族で世界一周旅便り」
こちら!よろしくです!



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2009年夏♪ヨルダン報告(9)アンマンの街とヨルダン総評
2009年夏♪ヨルダン報告(9)アンマンの街とヨルダン総評


さて、ヨルダン旅は、日記形式ではなく、事柄別に分けて、難民支援、ペトラ、死海、
アンマン、安宿コーダホテル、ラマダン・・・、という感じで、つづっていこうと思
います。

(1)ヨルダンへの長い道のり
(2)と(3)は、私が一番感動した難民支援の現場。
(4)灼熱のペトラ、の攻略?法
(5)子どもと絶景inペトラ
(6)コーダホテル
(7)ラマダンのつらさ
(8)ラマダン最中に死海へ・・・


   ※絶景写真は、ブログで見てね~! http://kumemuga.blog60.fc2.com/

で、今回(9)アンマンの街とヨルダン総評

一言で言うと、ヨルダンはほんと、とってもいい国です。

私のイメージからすると、男性社会のアラブの国には、旅人にとっても親切で、ここ
までやってくれるのか、というほど、優しいのですが・・・

反面、外国人女性に対するしつこさや、ギラギラ?視線に辟易することも、経験した
こともあったので、

ヨルダンもそうかと思っていました。

でも、違いましたね。

ヨルダンの男性は、かなり、紳士的です。あまり、よってこない(笑)ですね。

もちろん、聞いたら、とても親切に教えてくれるし、案内してくれます。

だから安心して、自分のペースで歩ける国ですね。

でも、タクシーにはちょっと注意が必要かな。

注意と言っても、ぼったくり、に、ですね。キケンなことは全くなかったです。

かなり、足元みてますね(笑)

結託してもいますね。

バスターミナル発は、ぼったくられる・・・(笑)

例えば、街からバスターミナルはメーターで行ってくれるけど、バスターミナルから
乗ろうとするとぼったくりますね。

アンマンでは、バスターミナルの客引きは無視して、ちょっと歩いて道路で、ひろう
といいです。

例えば、観光地のタクシーは、それでもダメ。メーターあるのに使ってくれないです。
観光地のタクシーいわく
「メーター使うのは、アンマンだけだよ!」だって。

逆に、首都アンマンでもなく、観光地でもない、私たちが言ったザルカという街では

タクシーはとってもフレンドリーで、もちメーターで走ってくれるし、最初の金額は
安いし、本当に、すばらしかった!

ぜひ、アンマンでもなく、観光地でもない、街にちょっと行ってみるといいかも・・
(まあ、行かないか・・。笑)




全般的に、治安はいいですね。

いいとは聞いていたけど、・・ほんとうにそう。

イラクとイスラエルに間にあって、中東のシェルター的存在になっているのもうな
づけますね。

ヨルダン人より、イラクやパレスチナ難民の人が多いそうです。

これだけの難民を受け入れて、一緒にがんばろう、というのは、タイヘンなことと
思います。

私たちが訪問した、イラク難民支援の活動の現場で聞いたのですが、

戦火から逃れてきたイラクの人たちの心のケアをしているのですが、その受け入れ
る側のヨルダン人にも、その苦しみや悲しみや恐怖を、理解することが必要で、

そのために、一緒に、プログラムを組んで、苦しみや悲しみや恐怖の経験を、受け
入れる側のヨルダン人の子どもたちも、聞いてあげるのだそうです。

経験した苦しみや悲しみや恐怖は、消えないけれど、人から聞いてもらう、人に一
緒泣いてもらう、人にはげましてもらう、ってことが、

きっと、乗り越える力になっていくんだなあ、と思いました。

そうそう、それから、当時みんなヨルダンからイスラエルにじゃんじゃん行って
いましたね~

バスで行けるんです。

今なら、パスポートにハンコを押されない、という生情報があって。

それはどういうことかというと、ヨルダンは日本人2週間までビザなしで入国
できるのですが、その2週間で、イスラエルにもいっちゃおう、と。

パスポートにイスラエルの入国スタンプがあると、他のアラブの国(シリアやレ
バノン)に入れなくなるので、スタンプが押されるかどうかは、世界放浪して
いる人にとっては大切なんですね。



治安よし、人よし、遺跡も自然もすごい!そして、ヨルダン、いい国ですよ!


(ヨルダン旅行記おわり)

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インド ウツ病ショック療法?記 (18)「あのインケンおやじが・・笑った!」
本には書かなかった世界一周ウラ話(88)♪~テーマ別~
   インド ウツ病ショック療法?記 (18)「あのインケンおやじが・・笑った!」
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
  カテゴリー別に入れています)

で、今は、ウツ病を克服しよう?とインドに行ったときの話。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行ってるんですよ。変わっている
でしょ(笑)?。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、カルチャーショック
で、ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。という背景。

さあ、ウツ病とインド、どうなりますか?????



というわけで、

第一話「真夜中のインド到着」

第二話「ゴミ山の前の安宿”ホワイトパレス”からサダルの安宿”
                         マリアハウス”へ」
第三話「ドミですっごい偶然!」

第四話「子連れはボランティアお断り!?」

第五話「障害児の施設 ダヤダン」

第六話「ダヤダンの子供たちに寄り添いながら・・・」

第七話「友人フロスカムをどうやって探す?」

第八話「バラナシ”歯赤”客引きとの闘い?」

第九話「プジャゲストハウスは一体どこ?」

第十話「急激に、やる気ダウン・・・」

第11話「行動すれば次の現実・・」

第12話「フロスカムとの奇跡の再会」

第13話「インド鉄道、5時間遅れは序の口」

第14話は「うんこ踏むなよっ!」

第15話は「一体、列車はいつ来るんだ!?」

第16回は「コドモ つぶされそうになる!」

第17回は「最悪のコンパートメント」

そして今回第18回「あの・・険悪おやじが・・・笑った!」



9時間も待たされて、夜中の1時半になり、おそろしく長い連結車両は、並ん
でなくて、つぶされそうになって、車両を必死で探し、やっと、自分達の車両に
たどりたというのに・・・・・

最悪の面々・・・・

しかしながら、最悪(復路)を経験してこそ分かる”(往路の)有り難み”が
しみじみ。。

今が最悪だからこそ、その前後に受けた受けるかもしれない、ちょっとした優し
さに感動も生まれるってこと、ありますよね・・・。

 というわけで、出だしは、険悪、最悪。

 
 さて、そんなこんなでも、朝は確実にやってきて、

昨日からずっとコワ面のおやじは、早速のように、寝台の中段(長男が寝ていた
ベッド)はたたんでイスにしろ、と命令。

エラそうに・・・

寝台は夜だけだ!とつけくわえて・・。

ホントにむかつきます。

そっちがそうなら、こっちだって、フン!だ!!!

 じゃあ、そっちの中段(おやじの奥さんのベッド)だって、たたんでイスにし
ろよ、と言いたい・・が、妻にはそれは強制しないんですね。おばさんはどーん
と寝たままなんです。

本当にちょーむかつくー。
 
 そうして、イスにしたら、当然おやじが私の横に座り、おまけにそこらへんに
いた他の人まで座りに来るんです。

トイレにでも行ったら、誰かが私の席に座っている始末。

おちおちトイレにも行けやしないんです。

 まあ、こんな状況でも、子供達はいたって楽しんでいて、上段で日記を書いた
りおりがみをしたり。

ほんと、子どもの存在には救われます・・・・。

大人には上段は座ってられない(すぐ天井せまっている)けど、小さい子供達に
は楽しい2段ベッドなんですね。

 そんな折り、次男が折り紙とセロテープで、熱心に何かをつくり始めました。

結構時間をかけてできあがったのは、ロボット。

次男が、「見て見て、できた!」

と、そのロボットを持ち上げた、その時、

あのコワ面のおやじがその妻と顔を見合わせて、うなずきながらほほえんだの
です! 


オドロキー!、あのおやじが笑ったー!


 ずっとやなヤツと思っていただけに、この微笑みは、印象的でしたよ。

彼等は結構、この次男作ロボットに感心しているらしく、それ以降も、次男が
つくるものに関心を示してましたね。

この微笑みからは、私たちのコンパートメントは多少、おだやかになり始めま
した。

しかしながら・・・9時間遅れのバラナシ発、コルカタはまだ遠い

いつ着くのやら・・・。

明るいうちについてくれればいいのだけど・・・



(まだまだインドはつづく)


近況:人間はカンペキな人はいない。
近況:人間はカンペキな人はいない。

昨日も今日もサッカー引率です。今日は午後からなので、ちょっとゆっくりできます。

昨日は小雨の中、寒い中・・・

試合は1勝、1引き分け、で、成績としては、いいのですが、ちょっと問題がおきま
した。だからなのか、いつもと違う疲労感というか、後味悪いというか、
頭の中が、そのことで占められて、夢にまででてきました・・・ははは。

カンタンに言うと、マナーが悪かったみたいです。

審判に文句を言ったそうで・・・(確かに、それは悪い)

なぜ文句を言ったかというのは、子どもたちいわく、審判のファウルのとり方が
アンフェアだったんだそう。

サッカーのファウルって、本当にむずかしいですよね~

審判だって人間だから、カンペキじゃないから、ちょうど見えなかったり、見てなか
ったり、いろいろありますよね。

”人間はカンペキではない”

というのは、すごく大切なところですよね・・・

だから助け合う

だから人は一人では生きていけない・・・こと。

人間カンペキになったら、天からお呼びがかかる、って思うんですよ。

この世に生きている人々は、カンペキでないからこそ、学ぶために、この世に存在
しているんだと・・・。



でも、ひとつ、気になったこと・・
そのマナーが悪いと指摘した相手校の先生が、ベンチコート着たままで、審判をさ
れていまして・・・

私は驚きました。・・というか、始めて見ました。

いくら練習試合とはいえ、

寒いとはいえ、

ベンチコートって、ベンチで着るからベンチコート?

ベンチコートきていたら、機敏に動けないのでは・・・

審判って、結構、動かないとやれないものでは。

大人のそういう、ところ、子どもたちって恐ろしいくらい見ているもの・・・

ある意味、潔癖症な時期で、

信用できるかどうかを見ている、大人を試していたりするんですよね・・・

まあ、私がそうだったので・・



まあ、サッカーで審判に文句は言ったら絶対バツではあるから、顧問の先生が
かなり長いミーティングをしてくれて、みんなに、教えてくださったので、い
い経験になり、これからにつながり、理解して成長してくれると

信じます・・。



死海フォト
ヨルダン側死海!です!クリックすると大きくなります)
shikaiirikuchi死海パブリックビーチ。隣には倍するプール付ビーチあり。
shikaizentaiザ・死海!
shikaitakauku浮いた浮いた!
hikaukuぼくも!
nametahikaう!なめてしまった!すっげーまずい
takushioyajiタクシーのおじさん、一番はりきってる・・・
doropaku泥パックしよ
drohikaどう?
dorotakaぼくのにきび治してね!


2009年夏♪ヨルダン報告(8)ラマダン最中に死海へ・・・
2009年夏♪ヨルダン報告(8)ラマダン最中に死海へ・・・


さて、ヨルダン旅は、日記形式ではなく、事柄別に分けて、難民支援、ペトラ、死海、
アンマン、安宿コーダホテル、ラマダン・・・、という感じで、つづっていこうと思
います。

(1)ヨルダンへの長い道のり
(2)と(3)は、私が一番感動した難民支援の現場。
(4)灼熱のペトラ、の攻略?法
(5)子どもと絶景inペトラ
(6)コーダホテル
(7)ラマダンのつらさ


   ※絶景写真は、ブログで見てね~! http://kumemuga.blog60.fc2.com/

で、今回(8)ラマダン最中に死海へ・・・


真夏の”ラマダン”は、ほんと、きついはずです。それを、分かっていながら・・・

しかしながら、私たちは、死海に行かなくてはならない・・・

行きたいが・・・今日は、よしたほうがいいかも、と宿のロアイ。

そう、ラマダンに入った初日は、とにかく、動かないほうがブナンだと・・。

そっか、じゃあ、あさって(ラマダン2日め)にしよう、と思っていたんです。

でも、その日(ラマダン前日)の宿のリビングで、

「どうする?~明日の死海、あきらめるか~」
「4人、集まらんから、タクシーはむりやね~」

というここに泊まっているらしい男女の日本人会話。

聞くと、その彼女は、世界一周航空券で旅をしていて、あさっては、フライトを
とっていて、ヨーロッパに入ってしまうのだと。

彼の方は、まだヨルダンにいるらしいが、その出会った彼女と死海にいこうかと
計画しているらしい。

で、タクシーをチャーターしようと思うが、4人集まらないと、高いので、

どうしようか~、となっていたのです。

明日からは、ラマダンに入ってしまうので、パブリックの交通は、アテにならな
い(ちゃんと動くか?どうか、びみょーらしいのだ)

あさってなら、ラマダン2日めで、大丈夫と、宿のロアイが言うので、私たちは
あさって、パブリックバスで行こうと考えていた。

でも、目の前に、2人死海に行きたい人がいて、私たちが一緒にいけばタクシー
チャーターで、いける、ということだから、まあ、それも縁!

で、行くことにしたんです。

要するに、タクシーに5人乗って、5で割れば、パブリックよりちょい高ぐらい
で収まるというわけ。

ロアイいわく、ラマダン当日とは、おすすめしないが、2日めなら、モンダイナ
イ、というのかは・・・・?

やっぱ、初日が一番イライラするってことかなあ?

まあ、わかるような気もする。

というわけで、日本人5人、宿の近くで、タクシーに声をかけて、交渉開始。

実は、ヨルダン人はみなフレンドリーかつ紳士かつ親切なんですが・・・

タクシーとは、ちょっとした、問題が多くおきているそうです。

まあ、要するに、高くふっかけてきたり、道を知らなかったり・・・するんですね。

メーターはありますが、使ってくれなかったり、するわけです。

だから、乗る前に交渉しなくちゃいけないんです。

で、私たちの交渉金額はタクシー1台25ヨルダンディナール(3400円)。

それが、相場だと、ロアイからも聞いているし、情報ノートにも載っている金額
です。

でも、停めたタクシーのおやじは、35と言い張る。

じゃあ、いいよ、他のに乗るからと去ろうとすると、それが30になり、

25じゃないと乗らない、といって、他に行くと、しぶしぶ、25に。


まあ、このおやじ、道は知らないわ、死海に行ったことないわ、お金のことは
いつもブチブチといつまでもいつまでもぐちるわ・・

まあ、どーしょーもないおやじ(笑)

どうにか、死海にやっとたどり着いたら、

いの一番に自分が死海に飛び込んで、体を洗って、ドロパックもやってる!(笑)

というわけで、

次男の夢、死海でプカプカ浮かぶ!!!ということを、実現できました!

ペトラ遺跡観光で、チリチリ日焼けしていた子どもたち、

死海の感想は?

「めっちゃ いたい!!!」

だそうです(笑)

さすがに、すごい塩分が、日焼け跡を突き刺したみたいです。


帰り(夕方)は、行きに輪をかけるように、おやじの、グチはひどくなり・・・

ラマダンで、いらだった車が多く、事故んないかと、ちょっとこわかったですね。

水だけは、飲んだのむようにしたほうが、いいと思うのは私だけでしょうか・・



(ヨルダン旅行記はつづく)


近況:母校に呼んでもらいました~!
近況:母校に呼んでもらいました~!

25年ぶりの母校、福岡女子短大に行ってきました!

20歳で卒業して以来。

そのとなりの筑紫女学園大学には
7,8年前に、7年間ほど、夏休みに、旅行業の資格の講座をさせてもらって
いたので、何度も、何度も、その近くを通ってはいたんですが、まあ、用事が
無い限り、行けない、入らない、ものですね・・。

本を出したことがきっかけで、母校の図書館司書さんの目にとまり、同窓会の
事務局の方が、カルチャーセンターでの旅の勉強会を受講してくれて、

OBの社会人入門講座に呼んでくれたんです。

うれしいことですね~

聞いてくれたのは、ビジネス科の1年生。18歳の女の子たち。と、先生方。

学生さん、思ったよりも子どもっぽかったかな~?

まあ、キャンパスに、福岡国際大学が併設されているので、茶髪の男子学生も
いて、ちょっとおどろき(笑)

講演では、世界一周のスライドや、世界一周にいたるまでの話、旅から学ぶこ
と、世界を知ること、などなど、いろいろ話してきましたよ。

最後に、

「これからの世界を担うみなさんへ・・・

単なる観光ではなく、自分を見つめなおすために、困難を乗り越える自分にな

るために、“旅に出る”という選択肢もある、ことを頭のかたすみにでも覚え

ていてください。

旅は、きっと、そのときの、あなたにとって、必要なことを教えてくれます。

そして、そんな苦しい時にこそ学んだことは、あなたの、一生の生きる糧にな

ります。ぜひ!世界へ!」

で終わらせていただきました!。


呼んでいただいて、聞いていただいて、感謝!!

インド ウツ病ショック療法?記 (17)「最悪のコンパートメント」
本には書かなかった世界一周ウラ話(87)♪~テーマ別~
   インド ウツ病ショック療法?記 (17)「最悪のコンパートメント」
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
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で、今は、ウツ病を克服しよう?とインドに行ったときの話。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行ってるんですよ。変わっている
でしょ(笑)?。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、カルチャーショック
で、ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。という背景。

さあ、ウツ病とインド、どうなりますか?????



というわけで、

第一話「真夜中のインド到着」

第二話「ゴミ山の前の安宿”ホワイトパレス”からサダルの安宿”
                         マリアハウス”へ」
第三話「ドミですっごい偶然!」

第四話「子連れはボランティアお断り!?」

第五話「障害児の施設 ダヤダン」

第六話「ダヤダンの子供たちに寄り添いながら・・・」

第七話「友人フロスカムをどうやって探す?」

第八話「バラナシ”歯赤”客引きとの闘い?」

第九話「プジャゲストハウスは一体どこ?」

第十話「急激に、やる気ダウン・・・」

第11話「行動すれば次の現実・・」

第12話「フロスカムとの奇跡の再会」

第13話「インド鉄道、5時間遅れは序の口」

第14話は「うんこ踏むなよっ!」

第15話は「一体、列車はいつ来るんだ!?」

第16回は「コドモ つぶされそうになる!」

そして今回第17回は「最悪のコンパートメント」



インドの列車は、車両が順番に並んではいないんです!

で、一体、6の車両はどこじゃー

と、他の外国人と必死で探し、やっと、自分達の車両にたどりつきました。

 
 今回のベットナンバーは、3番、4番、5番(上段/中段/下段)。

このもみくちゃの乗降口すぐのコンパートメントで、乗れたのはいいけど、

なんでー?というぐらい人が多いんです。

おまけに電気が壊れていてまっくらけ。

まっくらけの中に人がうじゃうじゃ、それに、でかい荷物がこれでもかーと。



 そんな窮屈で、暗くて身動き取れない中、ひとり、インド人女性が、下段で大
いびきをかきながら寝ているんですね。

この騒がしい中、よく寝てられるなーと感心しますね、ホント・・・。

とにかく、こうなったら、ずーずーしいもん勝ち。寝たもん勝ち・・


 私も見習って?、子供達のために、4番と5番ベットを確保し、寝袋を広げよ
うとしました。

すると、同室のおやじが、ニコリともせず、ビンズー語で、けたたましく私に何
かを言うんです。

あきらかに、文句を言っている風、少なくとも好意的ではないことはあきらか。

まあ、これだけ遅れて、みな気が立っているんでしょうが、

あきらかに友好的でない雰囲気で、長々と何か言うもんで、

「何よ!なんか文句あるのよ!もービンズー語はわからん!ちゅーの!。英語で
でもしゃべってよー!」

と、返しました。

がしつこい・・。

 
それでも、じっと、五感を?働かせると・・・?

わからんけど、おやじは、私の子供が小さいので、ベッドを3つ確保している
とは思わなかったもよう。(あくまでも私の想像・笑)

小さな子供に1つベッドを取るなんていうのは、インドでは、常識的ではない、
贅沢なことなんですからね。

でも、ウツ病で、睡眠障害がでている私にとっては、最低限の場所は確保しなけれ
ばいけない、重要なこと。

それにしても、ここには、なんでこんなに人間が多いのでしょう・・・。

(理由はあとでわかります・笑)



 私は、キップを見せて、ちゃんと3つベッドを取っていることを強調、

おやじは、そうかという風に納得。

とにかく、子供達を下段と中段に寝せました。

 9時間待たされて、しかも真夜中で、ぎゅうぎゅう詰めで、なんともとげとげ
しいムードでしたね。


 で、当の私のベッド(上段)は、荷物棚と化しているんです。

この荷物一体だれのよー!

なんで、ここに置くのよ!

寝れんやないの!

と思って、さっきのおやじに言うと、おやじは、

多分、次か、その次か、降りる人たちの荷物だろうから、今はガマンしろと言わ
んばかり。

おやじもおやじの妻も、しっかり自分のベッドに横になっていて、私だけが座る
ところもない状態なんです。

まさに、最悪。

座れないどころか、まっすぐに立てないほどなんです・・・



おやじの言うとおり、次と次の駅で、その私の寝台に荷物を置いたバカヤローは
降りていきました・・。

要するに、この区間は、車掌が来ないので、勝手に乗り込んできているわけ。




 で、私が自分のベッドに横に慣れたのは午前、3時すぎのことでした。



 で、この時思ったんですねー。

行きのコルカターバラナシ間がどれ程恵まれた環境にあったか、と。

(今この悲惨な状態は復路バラナシーコルカタ行き)


 行きは本当に、友好的でおだやかだったんですね。

時間的には5時間遅れたけれど、まあ、ちゃんとゆっくり座れて、寝れて、子
供が上段だと落っこちてケガするから下段と替わってくれたり、バナナやナッ
ツを貰ったり、終始、にこやかな時間でした。

 
 でも、ある意味では、ちゃんとお金を払って寝台を取っているんだから、座れ
て寝れて当然なわけです。

私自身これが当たり前と思っていました。

お金はらったんだから、当然の権利、だと。



でも、ここインドでは・・・当然じゃないってこと、身にしみました。

同時に、・・・

まさに、最悪(復路)を経験してこそ分かる”(往路の)有り難み”。

最悪がなかったら、けっこう、ただの、ああ、いい人たち、な記憶だったでしょ
うね。

最悪だからこそ、感動も生まれるってこと、ありますよね・・・。

本当、行きのインド人おじさんおばさん、周りの人に、今さら感謝の念が湧いて
くる私でした。



(まだまだインドはつづく)

世界一周紙芝居の輪♪
知り合いがユーチューブで作ってくれました!!有難い!
10分で、世界一周&世界一周紙芝居のこと、わかります!ぜひ、見てください!

http://www.youtube.com/watch?v=s2sENdOSa5o

この紙芝居おじさんは、ずっと大阪中心に、紙芝居をいろんなところで読んでくれている方です。
本当に有難いです!

そうそう、最近、紙芝居を読んでくださったお母さんから、こんなメールいただきました!感激!

「今朝、小学2年生に紙芝居半分まで読んできました。

反応、とてもよかったです。

紙芝居だと見やすく、いつもおはなしの絵本が多いのでちょっと違うものということもあるのか、一枚一枚に身を乗り出して見ていました。

でも、やっぱり同じ小学生の実体験ということが一番興味をそそられるのだと思います。

中には、ウロス島の詳しく説明をしてくれる子もいたり、テレビで見ているようで、子供たちが外国にすごく興味があるのを感じました。

絵本の読み聞かせだと、お話を聞き取るのに、静かに聞いてくれる子どもたちですが、今日は思い思いの感想をいちいち口に出し、私自身子供たちとのやりとりがとっても楽しかったです。

みんな来月に読む後半も楽しみにしてくれているようです。

子供たちからいろんな疑問が出ました。市場で生きたまま売っている牛や鶏は買ったらどうするのかとか、ウロス島のわらの家は風に吹き飛ばされないのかなど。

私個人の勝手な意見ですが、ぜひたかゆき君とひかる君自身に公演会やお話会をやっていただけたら、子供たちがすごく喜ぶと思います。(^^)

2年生には世界のことはちょっと難しいかなと思っていたのですが、2年生なりにすごく楽しんでくれてよかったです。

難しい単語(赤道・国境・首都・北半球・南半球など)は説明をしながら読みました。

国際理解の時間などに読むのにもってこいだと思います。

私がバイトをしている小学校でも図書館司書の方の読み聞かせで、高学年に読んでもらうことになっています。

ありがとうございました」


つくづく、子どもってすごいですよね~

大人からすると、「まだ、分からないかもなあ・・」と思うみたいですが、子どもって、すごいんです。

それが、この紙芝居で、よくわかります!私もおどろきです!

ぜひ、読んでくださる方、お送りしますので!







アンマンの街
アンマンの街のフォト(クリックすると大きくなります)

romagekijyo
これはローマ劇場あと。
ヨルダンはたくさんの国の文化の影響も受けていて、なんと、1万年前の都市遺跡も残っているそう。

mosuqichiba
アンマンのダウンタウンのモスク横の市場

anmanjyo3
アンマン城あと

anmanjyomachi
アンマン城から見た街

kingmosuq
キングフセインモスクは、ダウンタウンのシンボル



地方出版文化奨励賞
感謝!!受賞の記事です。

jyushounishi

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2009年夏♪ヨルダン報告(7)ラマダンのつらさ
2009年夏♪ヨルダン報告(7)ラマダンのつらさ


さて、ヨルダン旅は、日記形式ではなく、事柄別に分けて、難民支援、ペトラ、死海、
アンマン、安宿コーダホテル、ラマダン・・・、という感じで、つづっていこうと思います。

(1)ヨルダンへの長い道のり
(2)と(3)は、私が一番感動した、この難民支援の現場。↓

  (社団法人 日本国際民間協力会NICCO
   http://www.kyoto-nicco.org/project/jordan/cat64/post.html)
(4)灼熱のペトラ、の攻略?法
(5)子どもと絶景inペトラ
(6)コーダホテル

   ※絶景写真は、ブログで見てね~! http://kumemuga.blog60.fc2.com/

で、今回(7)。


さて、ヨルダンで今回生まれて初めての”ラマダン”(イスラムの断食月)に
あたりました!

旅の後半、ペトラ遺跡から首都のアンマンに戻ってきた翌日から3日間。

ラマダンというのは、約1か月間、日の出から日没までのあいだ、飲食を絶つ
ことという、イスラム教徒の義務の一つ。

時期は、毎年11日ほど早まり、およそ33年で季節が一巡するらしいのですが、
今年は、8月22日からだったわけです。

8月ですから、季節は真夏、ヨルダンも、ものすごく暑いです。

日本と同じぐらいだろう、と思っていたのですが、気温は、思ったよりヨルダン
の方が高く、でも、乾燥しているので、昼間がチリチリあついけど、朝夕は、す
ーっと、過ごしやすくなる、そんな感じでしたね・・。

だから、食事抜きはともかく、水も飲めない、というのは、まさに、つらい修行
だと思うんです。

夏のラマダンは特に、ですね・・。

それも、1か月間も、ですからね~

そして、多くの人々がそれを守っていますからね~、ホント、すごい精神力・・
私たち日本人には、なかなかできることではない気がします。


というわけで、ラマダン入り・・・

うっそー、というぐらい、店が開きませんでした。飲食しないんだから、飲食店
は開かないことは予想していましたが、ちょっとした商店・・水や、ジュースや
お菓子類などの小さなお店が、クローズで、夜になっても開かないところも多か
ったですね・・・。

おそらく、私たちが泊まった宿があるのは下町、ダウンタウンなんで、個人商店
が多いからなんでしょう。

新市街の方に行けば、大型スーパーとか、ちゃんと開いているそうです。

水、買っとくべきでした・・・・と後悔しましたね~。

まあ、水も、ちょい高めをガマンすれば、売ってるところはあります。

とにかく、現地系の食堂はぜんぶクローズ。

もちろん、日没後は、全部ではないけど、現地の飲食店、開きます。

太陽が出ている間は、外国人も何も食べれないの?と心配されるでしょうが、外
国人向けの、ファーストフードや、中華料理やなど、開いてるところはあります。

なので、なんとか、なります。

でも、夏のラマダンのタイヘンさは・・・・

やはり、水分がとれないことに限ると思うんです。

そのイライラは、まず、運転に出ます・・。

ヨルダンの人々は、基本的に温厚なので、クラクションはそう多く鳴らさないの
ですが・・・

ヨルダンになったとたん、クラクションだらけ!!

人が変わったように、短気? 言い合いやケンカも増えるんだそうです。

ちょっと、コワイ(?)

みんな修行に耐えながら、しかしながら、仕事は普通どおりするわけですから・・
ものすごい、たいへんなことだと思います。

もちろん、ラマダンになって、帰国するまで3日間、ずっと閉まっていた店も
あったのですが、あれは、全く、仕事やめてるんですかね?

普通に歩いていても、何にもしなくても、カラッカラ、パリパリにに乾燥して
いますからね~

外で、自分たちが持参した水を飲む時にも、悪いな~と思っちゃいます。

でも、耐えられないから、飲みますけど。

そんな苦しい昼間があって、日没になると、うそのように車がいなくなります。

みーーんな、おうちで、1日分、食べているんですね。

まさに、試練です。

そんな中、死海に行きました。ラマダン中で、気が荒くなっている?タクシーを
5人でチャーターして・・・次回はその話。

(ヨルダン旅行記はつづく)



インド ウツ病ショック療法?記 (16)「コドモ つぶされそうになる!」
本には書かなかった世界一周ウラ話(86)♪~テーマ別~
   インド ウツ病ショック療法?記 (16)「コドモ つぶされそうになる!」
     


本には書かなかったウラ話も、国別→宿→といきましたんで、今度は思いつ
いたテーマ別(水、トイレ、病気、ビザ取得舞台裏、発展途上国のススメ、
人生を変えた旅全9話、など)を、つづっています。

(※全部ブログ http://kumemuga.blog60.fc2.com/に
  カテゴリー別に入れています)

で、今は、ウツ病を克服しよう?とインドに行ったときの話。


私がウツでたくさんの薬にお世話になっていたのは、2003年6月から
2005年3月。

その真っ只中の2004年1月、インドに行ってるんですよ。変わっている
でしょ(笑)?。

もちろん、子連れ。当時長男は小2、次男は年長さん。

ウツで苦しみながら、抗ウツ剤その他を飲みながらも、カルチャーショック
で、ウツを吹き飛ばしたいと?旅したインド・・。という背景。

さあ、ウツ病とインド、どうなりますか?????



というわけで、

第一話「真夜中のインド到着」

第二話「ゴミ山の前の安宿”ホワイトパレス”からサダルの安宿”
                         マリアハウス”へ」
第三話「ドミですっごい偶然!」

第四話「子連れはボランティアお断り!?」

第五話「障害児の施設 ダヤダン」

第六話「ダヤダンの子供たちに寄り添いながら・・・」

第七話「友人フロスカムをどうやって探す?」

第八話「バラナシ”歯赤”客引きとの闘い?」

第九話、「プジャゲストハウスは一体どこ?」

第十話、「急激に、やる気ダウン・・・」

第11話「行動すれば次の現実・・」

第12話「フロスカムとの奇跡の再会」

第13話「インド鉄道、5時間遅れは序の口」

第14話は「うんこ踏むなよっ!」

第15話は「一体、列車はいつ来るんだ!?」

そして今回第16回は「コドモ つぶされそうになる!」




 遅れることで有名な?インド国鉄の復路の話。

最初、6時間遅れの22時40分発だと聞いて、がーーーん!としていたら、

 列車到着の唯一の手がかりである電光掲示板が消え、走り書きのよーな小さな
黒板だけになり、

もちろん文字はヒンズー語のみで、わけわからんくなり、不安でしょうがなくな
り・・・、その黒板によると、当初の6時間遅れから、更に遅れて7時間半遅れ
になったもよう。

これで本当に列車は来るんだろうか・・という疑い?の気持ちも芽生え、

あーとにかく、これ以上遅れんで来てくれー、と祈るのみ。

 
 駅構内はどんどん人が増え、どこもかしこも毛布をかぶって寝てる人がゴロゴ
ロ。

インド人には慣れっこなことなんでしょうねー。黒板には、遅れている列車名が
びっしりなんで・・・。
 
 で、真夜中、24時近く。

黒板は7時間半遅れのまま、書きなおされてはいないことを確認し、寝せていた
子供達を起こし、寝起きに風邪ひかれちゃいかん、と、ポカロンを2コづつ貼って、
毛布を巻いて、黒板に明記されていたプラットホームに出ました。
 

 さて、何か列車が停まっています。

これはコルカタ行きか?と周りの人に聞くと、いや、違う、との返事。

ここにコルカタ行きが来るか?、と聞くと、

あそこ(駅事務室のようなところ)で聞いてみるといい、と言われ、聞きにいく。

事務室には、数人の人がいて、一応?パソコンらしきものの前に座っている人が
いたので、訊ねました。

 すると・・・

もうじき来るだろうよ、と。

もうじきって何時? と聞くと、

何時かはわからないよ、と。

じゃあ、6番ホームで待っとけばいいの? と聞くと、

もともとは6番ホームだったが、それもわかんないよ、という。

要するに、時間もホームも定かでない。吹きさらしのホームで、アナウンスを聞く
しかないんだと。

雑音たっぷり大音量アナウンスは、確かに英語でもあっているよう。

しかし、アナウンスがあって、ホームが違って、走って階段登って降りて、間に
合うのか・・・?


 こういう時、子連れは、気が重い・・。私も神経質にならざるをえない。

まだ次男は5歳ですからね~


 
 そんな不安と寒さの中、いろんなインド人との出会いがありましたよ。

 
 何度も黒板の前で、ヒンズー語の文字をじーーーっと見つめていた私に、

「メイ アイ ヘルプ ユー」と声をかけてくれた人。

彼は、黒板のビンズー語の表示を、丁寧に、英語で説明してくれました。


 真夜中のホームで、待てども待てども来ない列車を待っている間、子供達と遊
んでくれたインド青年の2人組もいましたね~、本当にありがたかった・・。

 「く」の字に体が曲がった物乞い。

待ち時間が長いだけに、繁盛してるチャイ屋やサモサ屋などの屋台のオッサンた
ち。

女性専用なのに何故か男性が居座っていた待合室の面々。

 ヒマなので、だれか話し相手はいないものかと、あちこちウロウロしては日本
人を探しましたが、いませんでしたね。

 意外だったのは、韓国人が多いこと。

日本人かと間違えて声をかけたりも・・。

いく人かの韓国人と話をかわし、見送り、私はただひたすら待ったのでありました。


 そして、結局9時間遅れ・・・夜中の1時半、やっとやっと列車が来たのです。


 喜んでほっとしたのもつかの間・・・

さて、インドの列車はとても沢山連結していて、しかも車両どうし行き来できない
ために、自分が乗る2等寝台をすばやく探さないといけないんです。

で、車両を探すのが一苦労。

 で、乗ったはいいが、もう、スゴイどんどん乗ってくるんで、おしくらまんじ
ゅう状態に。

「おかーさん つぶれるーよお!」

「がんばり!ふんばるって!」

そんな必死のとき、なんと、車両が違うらしいことが発覚。

この車両が7で、私たちの乗るべき車両は6。

隣なのに、って思うでしょ・・。

隣にも、行けないんです。一旦降りなければ・・・

しかし、今度は降りれない。降りさせてくれない。

他にも、間違えて乗った外国人がいて、彼らと協力しあって、これでもかー!っ
と根性出して、降りて、隣の車両を見ると、そこはただの2等。

何いー! 

車両は順番に並んでいない!

いったい、車両6がどこに?!


(まだまだインドはつづく)


近況:またプリンタ壊れ・・・無線プリンタを
近況:またプリンタ壊れ・・・無線プリンタを

買いました・・・。

実は、テレビCM(カラリオ!っていう竹内結子の)見てて、

ああ、なんてスバラシイ!

と感動していた無線のやつ。ノートパソコン使っている人には、ほんと、便利
ですよね~

だって、つながなくても、プリントできるんですよ~

いいじゃないですか~

というわけで買ったのですが・・・・・


苦労しました・・・無線設定をするのに・・・・

もちろん、私が無知なせいですが・・・

プリンタ買ったのが、10月30日。自分で説明書を読んでやったけど、できず。

31日に、朝からエプソンに電話して、電話で教えてもらいながら、一緒に設定
、が、3時間かかっても、なぜかできず。

エプソンの人も、これ以上は、わからない、といわれ、

パソコンとプリンタを直接無線でつなぐのは断念。

モヤモヤしたまんま、11月1日、終日、長男のサッカー試合引率へ。

2日、一番安いルーターを買ってきて、パソコンールーターープリンタ、という
設定をすることに。

買ってきて、また、自分でやったが、できない・・・。

3日、次男の小学校で午前中学芸会で学校へ行き、午後から、サッカーの試合へ
連れて行き、

4日、朝一番に、エプソンに電話。しかし、今度は、その前に、パソコンールーター
が無線で接続できない。で、ルーター(NEC)に電話。

31日に、エプソンでつなぐためにいろいろ設定を変えたためで、それを戻さないと
いけないと。

エプソンに電話して元に戻して、NECに電話して、またエプソンに電話して・・・

で・・・やっと、やっと、設定ができました。離れたところに置いたプリンタが、
サクサクと動いたとき、、、、、、、

ああ、めっちゃ、感動しました~

やっと、こころがはれました~

しっかし、直接無線接続できないことがあるなんて・・こんなに、ややこしい
ものだなんて・・・もー!って感じですよね~

でも、便利ですよ!


さあ、やるべきこと、たくさんたまってしまいました!

がんばらねば・・・






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